携帯電話の「au」を運営するKDDI。始まりは、NTTの独占に挑んだ「第二電電」という新興企業だった。 京セラの稲盛和夫が仲間と立ち上げたこの会社は、KDD・IDOと合併しいまのKDDIになった。 通信障害という試練を越え、いまはローソンや衛星通信とも手を組み、生活を支えるインフラへと領域を広げている。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約1.3倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
投資家目線のポイント
KDDIの利益は、通信サービスの契約者数や利用料金に大きく左右されます。一方で、金融サービスやローソンとの提携など通信以外の収益源を広げる動きも進んでおり、決算では通信事業とそれ以外の事業の伸びを分けて見る視点が参考になりそうです。
通信は生活を支えるインフラです。過去には大規模な通信障害も起きており、事故が起きたときにどれだけ早く原因を公表し、対策を打てるかも、通信会社を見るうえでの一つの視点になりそうです。
稲盛和夫、「動機善なりや、私心なかりしか」——第二電電の船出
1984年、通信の自由化を控え、京セラを率いていた稲盛和夫は新規参入を決意します。日本の長距離通信の料金が高いことに疑問を持っていたためで、京セラが参入して料金が下がれば国民のためになる、という考えがあったと京セラの公式アーカイブは伝えています。
巨大なNTTを相手にする新規参入にはリスクが伴いました。稲盛は毎晩、「通信事業を始めようとする動機は善なのか、そこに私心はないのか」と自らに問い続けたといいます。この自問自答の末に踏み切ったのが、第二電電の設立でした。
資本金16億円、出資25社で挑んだパラボラアンテナ作戦
第二電電企画株式会社は1984年、京セラを筆頭にセコム・ソニー・三菱商事・東京電力など25社の共同出資で設立されました。資本金は16億円です。1985年に商号を第二電電株式会社(DDI)に改め、通信自由化とともに生まれた「新電電」の一つとして名乗りを上げました。
DDIには既存の通信インフラがなく、マイクロ波を使ったパラボラアンテナで東京・大阪間を中継するという、新電電各社の中でもっとも不利な条件からの出発だったと伝えられています。
DDI・KDD・IDOの大型合併、KDDI誕生
2000年、国内長距離のDDI、国際電話のKDD、携帯電話のIDOが合併しました。合併の背景には、DDIの大株主だった京セラと、IDOの大株主だったトヨタ自動車の包括的な提携があったとされています。存続会社はDDIで、合併後の会社はまず「株式会社ディーディーアイ」を名乗りました。
翌2001年、社名はKDDI株式会社に変わります。国内・国際・移動体という3つの通信会社が一つになりました。
デザインが主役になった携帯電話「INFOBAR」
2001年、KDDIは「au design project」の第1弾として、コンセプトモデル「info.bar」を発表しました。当時は携帯電話がストレート型から二つ折り型へ移り変わる時期でしたが、KDDIは機能よりもデザインを主役にするという発想で開発を進めます。
2003年に発売された「INFOBAR」を手がけたのは、プロダクトデザイナーの深澤直人でした。深澤は、包丁で皮をむいたじゃがいもを水洗いするときのような「手のひらの心地よさ」をモチーフにしたと説明しています。人気を呼んだINFOBARは、その後もシリーズ化されました。
iPhoneに「ノーコメント」を貫いた発表会
KDDIは長らくiPhoneを扱っていませんでした。2011年、KDDI社長の田中孝司は秋冬モデルの発表会でも「ノーコメント」の姿勢を崩さず、その裏でApple社との交渉が水面下で進んでいたと報じられています。
同じ発表会で田中は、「Android au」というブランド名を看板から外し、専用サイトも閉じました。特定のOSに絞らず、複数の選択肢を用意するという方針転換だったとみられます。そして同年、au初のiPhoneとなる「iPhone 4S」が発売されました。
「実人口カバー率96%」——4G LTEの不当表示
2012年から2013年にかけて、KDDIは「au 4G LTE」のカタログやホームページで、実人口カバー率を96%に急速拡大すると表示していました。ですが、この数字はiPhone 5が対応しない周波数帯を含めた計画値で、iPhone 5が実際に使える範囲は2012年度末時点でわずか14%程度にとどまっていました。
2013年、消費者庁はこの表示を景品表示法違反と判断し、措置命令を出しています。KDDIは新聞への謹告文掲載やホームページ・店頭でのお詫びを行い、社内の承認フローの厳格化や従業員研修などの再発防止策を実施しました。
社員の過労自殺と、6.7億円の未払い残業代
2015年、入社2年目の社員が自ら命を絶ちました。労働基準監督署は2018年、月90時間を超える時間外労働や仕事内容の大きな変化、上司とのトラブルなどを理由に、これを労災と認定します。
是正勧告を受けたKDDIは全社員を対象に未払い賃金を調査し、2017年には4,613人に総額約6.7億円を清算していたことが分かりました。2019年、KDDIはこの経緯を公表するとともに、ビルの入退館記録やパソコンの操作ログで労働時間を客観的に把握する仕組みや、社内カウンセラーによる全社員面談の定期実施など、働き方改革・健康経営の体制を整えています。
2008年度以降で最大規模の通信障害、2022年
2022年、KDDIの通信網でルーティングの誤設定をきっかけに障害が発生し、位置登録の信号が集中して全国のau・UQ mobile・povoの回線がつながりにくくなりました。総務省の集計では、2008年度以降の携帯電話事業者の通信障害として最大規模とされ、影響を受けた利用者はのべ約3,091万人以上にのぼると報じられています。気象観測やヤマト運輸の業務用回線にも影響が広がりました。
総務省はこれを電気通信事業法上の「重大な事故」と位置づけ、KDDIに行政指導を行いました。KDDIは同年、原因や再発防止策を公表し、行政指導への対応状況をまとめた報告書も総務省に提出しています。
Ponta・ローソン・Starlink——広がるau経済圏
通信障害を経たKDDIは、通信そのものの信頼回復と並行して、生活のあらゆる場面に入り込む「au経済圏」の拡大を進めています。2024年には三菱商事とともにローソンへのTOB(株式公開買付け)を実施し、両社でローソンの議決権を50%ずつ持つ共同経営体制に移りました。ローソン全国約1万4,600店舗とKDDIの通信・金融サービスを組み合わせる狙いです。
2025年には、通信衛星とauスマートフォンが直接つながる「au Starlink Direct」の提供も始まりました。日本初の衛星・スマートフォン直接通信サービスとしています。パラボラアンテナで電波を飛ばした第二電電の時代から40年余り、KDDIは今度は宇宙から電波を届ける挑戦を続けています。
