第一次世界大戦で体温計の輸入が途絶え、医師たちが国産の体温計をつくらせたのが始まりだ。使い回しの注射器をやめさせ、世界最細の注射針をつくり、心臓と血管の治療機器で世界と渡り合う会社になった。売上の8割は海外へ移った。

01

創業から現在へ — ストーリー

1921 — 1936
北里柴三郎が後押しした赤線検温器の設立
ドイツ製体温計の輸入途絶を機に、北里柴三郎ら医師が発起人となり赤線検温器を設立。翌年『仁丹の体温計』として発売し、のちに仁丹体温計へ社名を変えた。
1963 — 1974
国産初の使い切り注射器を発売
当時の病院はガラス製注射器を使い回し、感染の危険があった。仁丹体温計株式会社(現テルモ)は国産初の使い切り注射器を発売し、約10年で医療現場に定着させた。
1982 — 1984
水銀体温計を自ら生産中止に
世界初の多孔質ホローファイバー型人工肺を発売した2年後、平型水銀体温計の生産を中止した。
1999 — 2005
世界最細の投薬用注射針『ナノパス』を発売
米3M社から人工心肺事業を譲り受けた。技術者は、糖尿病の子どもがインスリン注射を受ける場面を見て開発に動き出し、世界最細の投薬用注射針『ナノパス』を発売した。
2011 — 2021
2,150億円で挑んだ輸血事業の買収
米カリディアンBCT社を約2,150億円で買収し、輸血関連事業で世界トップを目指した。10年後、創立100周年を迎えた。
2025 —
242億円を計上してなお迎えた売上高1兆円
心臓血管・血液細胞の両事業で開発プロジェクトを見直し、242億円の一時費用を計上したが、売上収益は初めて1兆円を突破。翌期は増収増益でさらに利益を更新した。
TEN YEARS

10年で、売上は約2.2倍

1.5兆円
7,500億円
2017 · · · · · · · · 2026
売上 純利益(手元に残った利益)
売上
10年前
5,142億円
現在
11,319億円
約2.2倍に増加
純利益
(手元に残った利益)
10年前
542億円
現在
1,359億円
売上100円につき約12円
従業員
10年前
22,441
現在
31,185
約1.4倍に増加
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
心臓血管
カテーテルや人工心肺装置など、心臓と血管の治療機器で売上の6割を稼ぐ柱です。
柱 02
医療用消耗品
注射器や注射針、体温計、輸液剤など、病院の現場で使われる医療機器・医薬品です。
柱 03
血液・輸血
血液バッグや成分採血システムなど。輸血関連の医療機器を手がける事業です。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のワンポイント

売上の6割は心臓血管事業に集中し、地域別では米州が4割近くを占めます。為替や現地の医療制度の変化が、業績を大きく動かす会社です。

町工場の体温計——北里柴三郎が動いた

第一次世界大戦でドイツ製の体温計が手に入らなくなり、日本の病院は体温計不足に陥りました。東京・墨田区の町工場で体温計をつくっていた技術者、竹内英二が開発した体温計を、北里柴三郎らが後押しし、医師の笹川三男三が設立の音頭を取ります。1921年、大日本医師会会長だった北里柴三郎が設立総会の議長を務めて『赤線検温器株式会社』が誕生しました。販売は森下仁丹が引き受け、公募で選ばれた名前は『仁丹の体温計』でした。

肝炎の恐れ——テルモが挑んだ使い切り注射器

当時の日本では、注射のたびに新しい注射器を使う発想がまだ乏しく、洗って何人にも使い回す病院があり、肝炎に感染する恐れが指摘されていました。まだ体温計の会社だった仁丹体温計株式会社(現テルモ)は、アメリカで開発が進んでいた使い切り注射器の情報を集めて製品化します。エチレンオキサイドガスで滅菌し、ガスが残らない包装まで独自に工夫しました。この製品は2019年、国立科学博物館の重要科学技術史資料『未来技術遺産』に登録されています。

6人の町工場——100社が断った注射針をつくった

2000年、テルモの技術者は小児科で、女の子がインスリン注射を受ける場面を目撃しました。『痛みの小さい注射針はできないだろうか』。メーカーや工場100社以上に相談しますが、ことごとく断られます。引き受けたのは、東京・墨田区にある従業員わずか6人の町工場、岡野工業でした。5年がかりの試作の末、世界最細0.2ミリの投薬用注射針『ナノパス』が誕生しました。

輸血の袋——世界一を買いに行った日

輸血を受けるとき、血液はまず専用の袋に集められます。この血液バッグを1969年に日本で初めて発売したのが、テルモでした。それから40年余りが過ぎた2011年、テルモは米カリディアンBCT社を買収すると発表します。記者会見で新宅祐太郎社長は『輸血関連事業のグローバルリーダーとなり、これをエンジンに新たな成長へ大きな一歩を踏み出したい』と語りました。買収額は約2,150億円、国内医療機器分野では過去最大級の買収です。輸血のための採血技術と顧客基盤を手に入れ、輸血関連事業の売上高で世界トップを目指しました。買収したカリディアンBCT社は、のちに『テルモBCT社』として血液・細胞テクノロジーカンパニーに再編されました。

やめる決断——欧州の工場を閉じた年

採算の合わない開発は、やめる。それがテルモの2025年3月期の決断でした。心臓血管事業のインターベンショナルシステムズで、米国と欧州の開発を中止し、欧州の工場も一部閉鎖しました。CFOの萩本仁氏は、この心臓血管事業の見直しを『収益性また他プロジェクトとのバランスも踏まえ戦略的に判断』したと説明しています。血液・細胞テクノロジー事業でも、受託製造の新規プロジェクトを取りやめました。一時費用は合計242億円。それでも売上収益は初めて1兆円を突破し、営業利益は過去最高を更新しました。翌2026年3月期には、売上高・営業利益ともさらに記録を塗り替えています。