1930年、東京工業大学で生まれた新素材「フェライト」に、当時これといった使い道はなかった。 その工業化のためだけに生まれた小さな会社は、看板製品を何度も入れ替えながら、いまも世界を支えている。
創業から現在へ — ストーリー
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
TDKの業績は、スマートフォン向け電池とデータセンター向けHDD部品という二つの巨大市場の需要サイクルに大きく左右される構造になっています。どちらも顧客企業の設備投資動向に左右されやすく、四半期ごとの受注動向が業績の先行指標になりやすい点は見ておきたいところです。
TDKは創業以来、フェライトからカセットテープ、受動部品、電池、センサーへと、主力製品を繰り返し入れ替えながら成長してきました。足元では冷却部品などAI関連分野にも投資しており、次にどの事業が主役になるかは、この会社を追ううえで一つの見どころになりそうです。
「フェライト」——用途不明の新素材に賭けた大学発ベンチャー
1930年、東京工業大学電気化学科の加藤与五郎博士と武井武博士は、鉄などの酸化物からなる磁性材料「フェライト」を発明しました。加藤は生涯で300余りの研究を手がけた発明家で、フェライト磁石・フェライト製コア・アルミナという三つの発明で知られ、「フェライトの父」「日本のエジソン」と呼ばれています。
用途も工業化の可能性もまったく未知数だったこの新素材を事業化するため、1935年、東京電気化学工業株式会社が設立されました。社名は、フェライトが生まれた東京工業大学電気化学科にちなんでおり、日本における大学発ベンチャー企業の先駆けと位置づけられています。フェライトの応用は無線通信機器やラジオ、テレビへと広がり、2009年には「フェライト材料とその応用の開発」がIEEE(米国電気電子学会)のマイルストーンに認定されました。
齋藤憲三の「農工一体」——秋田に根づく創業の志
TDK創業者の齋藤憲三が掲げた理念は「農工一体」でした。
この志は、90年近く経った現在も受け継がれています。秋田県由利本荘市のTDKエレクトロニクスファクトリーズはスマート農業プロジェクトに取り組んでおり、同社の齋藤欣吾社長は「TDK創業者である齋藤憲三が掲げた『農工一体』の熱い思いを具現化するという目的が込められています」と説明しています。創業者の理念を、最先端のデジタル技術で地域に還元する取り組みです。
「TDKブランド」の終わり——記録メディア事業、イメーションへ
1970〜80年代、TDKは音楽好きな若者にとって最も身近な存在でした。カセットテープのシェアで長年トップを守り、ブランドの代名詞になっていたと報じられています。
しかし2007年、TDKは記録メディアの「販売事業」を米イメーションに譲渡しました。譲渡総額は3億ドル(約360億円)で、対価はイメーション株式17%相当の株式と現金で構成され、TDKはイメーションの筆頭株主になっています。研究開発と製造、他社へのOEM発注元のブランド名で製品を製造すること。相手先ブランドでの生産。供給はTDK社内に残しましたが、消費者向けブランドの主役の座は退きました。2015年、イメーションは「市場は縮小傾向にあり、事業環境が厳しく、今後の成長は困難」として、TDKブランドを含む記録メディア・オーディオ機器事業からの完全撤退を発表しています。
「100億円」で買った電池——ATL買収という賭け
2005年、TDKは香港の電池メーカー、アンプレックステクノロジー(ATL)を約100億円で買収しました。当時のTDK社内でのこの買収への期待は、執行役員の指田史雄氏の言葉を借りれば「ドラフト4〜5位ぐらいの期待感だった」といいます。
その電池事業は、いまやTDKの屋台骨になっています。2025年3月期、TDKのエナジー応用セグメントの売上高は1兆1000億円を超え、全社売上高2兆2048億円の半分近くを占めるまでに成長しました。リチウムイオン2次電池の世界シェアは5〜6割に達しています。主力製品を次々と入れ替えてきたTDKの経営スタイルは「カメレオン経営」と呼ばれており、ATLはその象徴的な成功例になりました。
ATLから生まれたもう一つの巨人——CATLという分岐点
TDKが買収したATLから、思いがけない巨人が生まれました。ATL出身の曾毓群会長と黄世霖副会長は、2011年、寧徳時代新能源科技(CATL)を創業しました。
CATLはその後急成長し、2017年には車載電池市場でパナソニックを追い抜き、世界最大のEV用電池メーカーになっています。TDKの子会社から巣立った技術者たちが、TDK本体の電池事業をも上回る規模の会社を築いた形です。
アルプス電気のHDDヘッド事業取得——合算シェア40%、業界トップへ
HDD(ハードディスクドライブ)の心臓部にあたる磁気ヘッドで、TDKは有力メーカーの一角です。2007年、公正取引委員会はTDKがアルプス電気からHDD用磁気ヘッド事業の資産を譲り受ける計画を審査しました。当時の磁気ヘッド市場でTDKのシェアは約30%で業界最大手の一角を占めており、この譲受けにより合算シェアは約40%・第1位になると見込まれていました。公正取引委員会は「競争を実質的に制限することとはならない」と判断し、結合を了承しています。
技術面でもTDKは磁気ヘッドの高密度化を主導しました。2010年、TDKはHDDの記憶容量を2倍超に引き上げられる新方式の磁気ヘッドを業界に先駆けて開発しています。
独EPCOS買収からRF360の解消まで——受動部品世界大手への道のり
2008年、TDKはドイツの電子部品大手EPCOS社を買収すると発表しました。買収総額は12億ユーロ(約2000億円)で、統合後は売上高約5600億円規模の多国籍電子部品メーカーが誕生する計画でした。EPCOSはドイツSiemens AGと松下電器産業の合弁事業を母体に1999年に設立された会社です。
このEPCOS傘下の通信部品事業は、2017年にクアルコムとの合弁会社「RF360ホールディングス」を設立します。出資比率はクアルコム51%・TDK側(EPCOS)49%でした。2019年、クアルコムはTDK側の全株式を取得し、RF360はクアルコムの完全子会社になっています。買収から統合、そして手放すまで、TDKの通信部品事業は10年余りで大きく形を変えました。
「630億円」の赤字——リーマン・ショックと構造改革
2009年3月期、TDKは大きくつまずきました。前年秋からのリーマン・ショックの影響で受注が予測を超えて落ち込み、工場の稼働率は一時、約30%まで低下しています。売上高は前年度比16%減の7274億円、営業損益は1414億8000万円悪化して543億円の赤字、当期純損益は631億6000万円の赤字に転落しました。秋田県の本荘工場では、第4四半期の稼働率が30%まで落ち込んだと報じられています。
TDKは2008年度に334億円の構造改革費用を投じ、翌2010年3月期の黒字転換を目指しました。この危機のあと、TDKはデータセンター需要などを追い風に収益を拡大させていくことになります。
センサー事業への参入——InvenSense買収とデータセンター需要
2017年、TDKは米国のセンサーメーカー、InvenSenseを約13億米ドルで完全子会社化しました。InvenSenseはMEMSセンサーを手がける会社で、TDKの磁気センサー技術やEPCOS・TDK-Micronas・Tronicsのセンサー製品群と統合し、IoTを見据えたセンサー事業の強化が図られました。
このセンサー・電子部品への投資は、AI時代の需要にもつながっています。2026年、TDKは米新興企業ファブリックエイトラボズを最大4億ドル(約640億円)で買収すると発表しました。AIの普及で発熱量が増す高性能半導体向けの冷却部品事業への参入で、業績に応じて対価を後払いする「アーンアウト」方式が採用されています。データセンター向けHDD部品や電池事業の好調とあわせ、TDKは新たな成長領域への布石を打っています。
