医師向け情報サイト「m3.com」を運営するエムスリーは、マッキンゼー出身の谷村格が2000年に立ち上げた。 複数の製薬会社が同じ窓口を使う仕組みは、当時世界に例がなかったという。 いまは国内の多くの医師が使う医療情報の基盤に育っている。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約4.5倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
投資家目線のポイント
エムスリーの業績は、コロナ禍のような外部環境の変化に振れやすいという一面があります。2020年前後は特需で最高益を更新した一方、その反動で海外事業に減損が出た時期もありました。四半期ごとの業績を見るときは、特需とその反動が混ざっていないかを意識する視点が参考になりそうです。
海外展開は基本的に現地企業の買収で進めてきました。買収した会社がのれん企業買収の際、買収先の純資産額を上回って支払った金額を計上する無形の資産項目。(買収額と純資産の差額)としてどれくらい計上されているか、その後の業績次第で減損が出ていないかを確認する視点も参考になりそうです。
「MR君」——医師と製薬会社をつなぐ、世界になかった仕組み
マッキンゼー・アンド・カンパニーでヘルスケア業界を担当していた谷村格は、1999年にパートナーへ昇進しました。医師が薬の効能や副作用の情報を短時間で知りたいと考える一方、製薬会社のMR(医薬情報担当者)は非効率な訪問営業を続けている——谷村はこの両方の声を聞いていたといいます。
2000年、ソニーコミュニケーションネットワークの出資を受けて、東京都品川区にソネット・エムスリー株式会社を設立しました。同年に始めた「MR君」は、複数の製薬会社が一つの窓口を通じて多くの医師に情報を届ける仕組みです。谷村自身、当時は世界でも例がなかったと語っています。
社名から「ソネット」が消えた日
設立から数年、会社は「ソネット・エムスリー株式会社」という名前で歩んできました。複数の医療情報サイトを統合して医師向けポータル「m3.com」の運営を始め、米国子会社も設立しています。東京証券取引所マザーズ市場に上場し、その後東証一部東京証券取引所の上場区分の一つ。2022年の市場再編で、上場企業はプライム・スタンダード・グロースの3区分に分けられた(それ以前は市場第一部・第二部やマザーズと呼ばれていた)。へと市場を変えました。
そして、商号を「エムスリー株式会社」へ変更します。ソニー系列のポータル運営会社という立ち位置から、独立したブランドの医療プラットフォーム企業へと看板を掛け替えた出来事でした。
現地の医師ネットワークごと買う——海外展開が選んだ近道
医師の資格は国ごとの免許制度に縛られています。自前で海外の医師会員を一から集めるのは難しいと考えたエムスリーは、現地ですでに信頼を築いているポータルを買収するという道を選びました。
英国の医師ネットワーク「Doctors.net.uk」を買収したのが最初の事例です。その後、中国のKingyee、フランス・ドイツ・スペインで医薬品情報データベースを持つVidal Groupを傘下に収め、同じ型で海外展開を繰り返しました。海外事業の売上は、2010年ごろの15億円から2023年には698億円まで広がっています。
治験のe化——労働集約型ビジネスに開いた風穴
国内では、複数のSMO(治験施設支援機関)を束ねた事業体や、CRO(治験受託機関)のメディサイエンスプラニングを子会社化しました。医師会員のネットワークとITサービスを組み合わせ、治験に参加してくれる医師をインターネット経由で見つける仕組みをつくっています。
同社の担当者は、当時のことをこう説明しています。「労働集約型の治験ビジネスに風穴を開け、ITのプラットフォームを武器に、日本国内から治験を変革する基盤が整った」。その後、米国の治験実施会社Wake Researchも子会社化し、海外にも同じ発想を広げました。
フォーブス世界5位——革新的成長企業としての評価
2017年、米フォーブス誌は、時価総額株価に発行済み株式数をかけた金額。企業の大きさを市場の評価額で示す数値。20億〜100億ドルの上場企業を対象にした「世界で最も革新的な成長企業」ランキングを発表しました。エムスリーはこのランキングで世界5位、国内では首位に選ばれています。
医師向けサイトという一見地味な事業が、世界的な成長企業として評価された出来事でした。国内での治験e化や海外M&A企業の合併・買収の総称。他社の株式や事業を取得して一体化すること。による多角化が、こうした評価につながったと見ることもできます。
対面営業ができなくなった半年——MR君に殺到した受注
新型コロナウイルスの感染拡大で、MRが病院や診療所を直接訪ねる営業ができなくなりました。医師への情報提供はオンラインに切り替わっていきます。
この年度の上半期だけで、MR君を中心とした受注金額は前年の2.5倍以上に拡大しました。エムスリーは営業チームを増員して対応し、2022年3月期には売上収益2,081億円、純利益638億円と、いずれも過去最高を記録しています。
「縮小するタイミングが遅れた」——特需の反動と海外事業の減損
コロナ特需が落ち着くと、反動が経営の数字に表れ始めました。2024年3月期、エムスリーは海外事業を中心に63億8,200万円の減損損失を計上し、純利益は前の期より7.7%減っています。
谷村格社長は、この決算についてこう説明しました。「新型コロナ下で拡大していた体制を縮小するタイミングが遅れた」。北米の治験関連事業など、特需に合わせて広げた体制の調整が、後手に回ったことを認めた発言でした。
35万人の医師が使う基盤——次に選んだのは株主還元
減損を経ても、エムスリーの土台は揺らいでいません。国内で35万人以上、世界では650万人以上の医師が、m3.comのプラットフォームを利用しています。
一方で、買収を重ねて成長する型には陰りも見えてきたとの見方もあります。2025年、エムスリーは上限200億円の自社株買いを決め、M&A一辺倒の成長から、配当や自社株買いによる株主還元にも軸足を移す姿勢を示しています。
