医師が薬を調べる場所を、営業マンの訪問から画面へ移した会社がある。「m3.com」を運営するエムスリーだ。 起点は2000年、製薬会社の営業まるごとをネットに載せた「MR君」。 その画面は世界650万人の医師とつながり、医療情報の土台になった。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約4.5倍
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
「MR君」——製薬会社と医師をつないだ窓口
医師が薬の効能や副作用の情報を短時間で得にくい一方、製薬会社のMR(医薬情報担当者)は非効率な訪問営業を続けている——創業者の谷村格は、この両方の不満を同時に解く仕組みを考えました。
2000年、ソニーコミュニケーションネットワークの出資を受けて東京都品川区にソネット・エムスリー株式会社を設立し、同年「MR君」の提供を始めています。谷村が掲げたのは、複数の製薬会社が一つの窓口を通じて多くの医師に情報を届ける仕組みでした。
ソニー色からの独立——社名から「ソネット」が消えた日
「m3.com」が育ち、事業の中心が製薬会社と医師をつなぐプラットフォームへと移っていくにつれ、社名に残った「ソネット」という接頭辞が実態に合わなくなっていきました。
商号を「ソネット・エムスリー株式会社」から「エムスリー株式会社」へ変更したのは、この違和感への答えです。ソニー系列のポータル運営会社という立ち位置から、独立したブランドの医療プラットフォーム企業へと看板を掛け替えました。
会社ごと買った——国境を越えられない医師免許
医師の資格は国ごとの免許制度に縛られています。自前で海外の医師会員を一から集めるのは難しいと考えたエムスリーは、現地ですでに信頼を築いているポータルを買収するという道を選びました。
英国の医師ネットワーク「Doctors.net.uk」を買収したのが最初の事例です。その後、中国のKingyee、フランス・ドイツ・スペインで医薬品情報データベースを持つVidal Groupを傘下に収め、同じ型で海外展開を繰り返しました。
治験のe化——労働集約型ビジネスに開いた風穴
国内の治験は長らく、担当者が医師を一人ずつ人力で探す労働集約型のビジネスでした。エムスリーはここに、m3.comで築いた医師会員基盤とITサービスを持ち込み、治験に参加してくれる医師をインターネット経由で見つける仕組みに作り替えました。
同社取締役の吉田氏は、当時のことをこう説明しています。「労働集約型の治験ビジネスに風穴を開け、ITのプラットフォームを武器に、日本国内から治験を変革する基盤が整った」。その後、海外の治験実施会社も傘下に収め、同じ発想を広げました。
フォーブス世界5位——地味な医師サイトが評価された瞬間
2017年、米フォーブス誌は、時価総額株価に発行済み株式数をかけた金額。企業の大きさを市場の評価額で示す数値。20億〜100億ドルの上場企業を対象にした「世界で最も革新的な成長企業」ランキングを発表しました。エムスリーはこのランキングで世界5位、国内では首位に選ばれています。
医師向けサイトという一見地味な事業が、世界的な成長企業として評価された出来事でした。国内での治験e化や海外M&A企業の合併・買収の総称。他社の株式や事業を取得して一体化すること。による多角化が、こうした評価につながったと見ることもできます。
MR君に殺到した受注——対面営業ができなくなった半年
新型コロナウイルスの感染拡大で、MRが病院や診療所を直接訪ねる営業ができなくなりました。医師への情報提供はオンラインに切り替わっていきます。
この年度の上半期だけで、MR君を中心とした受注金額は前年の2.5倍以上に拡大しました。エムスリーは営業チームを増員して対応し、2022年3月期には売上収益2,081億円、純利益638億円と、いずれも過去最高を記録しています。
特需の反動と海外減損——縮小のタイミングが遅れた
コロナ特需戦争や災害など特別な事情で一時的に発生する大きな需要。が落ち着くと、反動が経営の数字に表れ始めました。2024年3月期、エムスリーは海外事業を中心に63億8,200万円の減損損失を計上し、純利益は前の期より7.7%減っています。
谷村格社長は、この決算についてこう説明しました。「新型コロナ下で拡大していた体制を縮小するタイミングが遅れた」。北米の治験関連事業など、特需に合わせて広げた体制の調整が、後手に回ったことを認めた発言でした。
次に選んだのは株主還元——650万人の医師が使う基盤
減損を経ても、エムスリーの土台は揺らいでいません。世界では650万人以上の医師が、m3.comのプラットフォームを利用しています。
一方で、買収を重ねて成長する型には陰りも見えてきたとの見方もあります。2025年、エムスリーは上限200億円の自社株買いを決め、M&A一辺倒の成長から株主還元にも軸足を移す姿勢を示しています。
