1999年、南場智子が立ち上げたネットオークション会社が始まりだった。 モバゲーやプロ野球球団を経て、「ポケポケ」の世界的ヒットでゲーム会社として蘇った。 2026年、創業者の南場が15年ぶりに社長へ復帰した。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上はほぼ横ばい
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
投資家目線のワンポイント
DeNAはモバゲーやコンプガチャ、「ポケポケ」へと、特定のヒットタイトルへの依存度が高まりやすいゲーム事業の構造を持ってきました。ヒット作が失速した後の業績の落ち込み方は、過去の局面と比べるとわかりやすくなります。
ゲーム以外にもライブ配信・ヘルスケア・スポーツ・AIと複数の事業を並行して育てている会社です。それぞれの事業がゲーム事業に匹敵する柱に育っているかどうかは、決算で公表される事業別の売上や利益の伸び方が目盛りになります。
「ビッダーズ」——1999年、渋谷に根を下ろした
1999年に産声を上げたこの会社は、最初は有限会社として世田谷区の住宅街を拠点にスタートし、同じ年のうちに株式会社へと組織を改めています。本社も渋谷区富ヶ谷、続いて神山町へと移転を重ね、のちに数多くのネット企業が集まる渋谷に、早くから根を下ろした一社でした。同じ年に始めたオークションサイト「ビッダーズ」が、この会社にとって最初の事業でした。
モバゲータウン、98日で50万人
2006年に始めた携帯電話向けサイト「モバゲータウン」は、一日あたり約8,000人という速さで新規会員を集め、サービス開始から98日間で会員数50万人を突破しました。DeNA自身が「メガサイト」と呼ぶほどの勢いで、最大1日3,800万ページビューを記録しています。
会員数はその後も伸び続け、2008年には1,000万人を突破しました。2009年に投入した課金制ソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」がヒットし、サービス名は後に「モバゲー」へと改められています。稼ぎ方の柱そのものが、短期間で入れ替わった時期でした。
横浜ベイスターズを65億円で買収
この買収の相手は、TBSホールディングスとBS-TBSでした。DeNAが買い取ったのは球団株式の66.92%で、金額は65億円。これにNPBへ預ける保証金などが加わり、投じる資金の総額は95億円にのぼりました。新しい球団名としては「横浜DeNAベイスターズ」が予定されていると発表されています。
南場智子、夫の看病のため社長を退任
2011年、南場智子は夫が病気になったことをきっかけに、代表取締役社長を退任しました。記者会見で南場は「社長業は全力投球が求められる職務」であり、「社業を最優先できないのは社員にも申し訳ない」と説明しています。
後任には守安功が社長に就任しました。南場は取締役会長として経営に残り、「会社は私の人格と別個に成長してほしい」という言葉を残しています。
「コンプガチャ」規制——主力事業に急ブレーキ
2012年、複数の絵柄をそろえるとレアアイテムがもらえる「コンプガチャ」が問題視されました。消費者庁は、2種類以上のカードをそろえた人に別の景品を渡す手法を禁じる景品表示法の「カード合わせ」という規制に、コンプガチャが該当する可能性があると指摘しました。
DeNAはグリーのほか、ドワンゴやミクシィなど計6社とともに、コンプガチャの全廃に踏み切り、KLabなどの開発会社も追随しました。当時の業界では売上高の1〜3割をコンプガチャが占めるとの指摘があり、なかでもKLabは売上高の約15%をコンプガチャに依存していたとも伝えられ、各社が同時に収益源を失う異例の展開になりました。
「WELQ」問題——医療情報サイトの閉鎖と謝罪
2014年に買収したiemo・ペロリを軸に広げていたキュレーションメディア事業で、医療情報サイト「WELQ」に根拠の薄い記事や著作権侵害の疑いがある記事が相次いで見つかりました。謝罪会見に立った守安功社長は「根拠が不明確なまま、誤った判断に繋がりかねない記事を掲載した」と述べ、著作権意識や品質管理の甘さを認めています。
同席した南場智子会長は、問題を知ったのは報道を受けてだったと明かし、「経営者として不覚です」と語りました。守安氏は自身がキュレーション事業の記事内容に直接関与していなかったことも説明しています。第三者委員会は翌年、10サイトの記事を抽出調査した結果、複製権や翻案権を侵害している疑いのある記事が全体の1.9〜5.6%にのぼり、薬機法などに抵触するおそれのある記事も見つかったと報告しました。
再発防止策——10年ぶりの社長交代
WELQ問題を受け、DeNAは代表取締役を1名から2名体制に変更し、コンプライアンスとリスク管理の最高責任者を業務執行者とは別に新たに置いて、全社のリスク情報を一元管理する体制を整えました。執行役員や事業本部長など経営の一翼を担う役職者の選定方針にも、コンプライアンスや管理能力をより重視する基準を加えています。守安功社長は月額報酬を50%・6ヶ月間減らす処分を受けました。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大で主力のスポーツ事業の先行きが不透明になるなか、2021年に守安功は社長を退いて代表権のない取締役となり、岡村信悟が新社長に就きました。約10年続いた守安体制の終わりでした。
「ポケポケ」——ポケモンカードのスマホ化が生んだ大ヒット
長年、任天堂IPのゲームを手がけてきたDeNAにとって、「ポケポケ」はポケモンという看板IPそのものを扱う新しい挑戦でした。ヒットの勢いは決算数値にもはっきり表れており、ゲーム事業の売上収益は直前の四半期の113億円から250億円超へと、四半期で2倍を超える伸びを記録しています。
ダウンロード数の勢いもその後止まらず、1億ダウンロードを突破したあと、2億ダウンロードに到達するまで約1年3か月を要したと報じられています。他社IPのカード化で、既存のゲーム会社が最大級のヒットを掴んだ出来事でした。
南場智子、15年ぶりの社長復帰
2026年、DeNAは取締役会長の南場智子が代表取締役社長兼CEOに復帰すると発表しました。2011年に夫の看病のために社長を退任してから、15年ぶりの復帰です。現社長の岡村信悟は代表権のある会長に就きます。
