電話線を引く仕事から、国内屈指の通信インフラ企業へ。 NTT一社への依存を断つため、2003年に3つの会社が手を組んだ。 光ファイバーの時代を切り拓いたこの会社は、いまデータセンター需要を追い風にしている。
創業から現在へ — ストーリー
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
業績は、通信キャリアの設備投資やデータセンター投資といった外部の投資サイクルに左右されやすい面があります。5Gの需要が一巡した後にいったん業績が落ち込んだように、特定の技術トレンドに沿った特需戦争や災害など特別な事情で一時的に発生する大きな需要。には反動が伴うことがあるという視点で数字を見ると参考になりそうです。
グループの成り立ちが「地域の通信工事会社の統合」であるため、子会社が増えるほど売上の中身は複雑になります。祖業の通信工事と、再エネ・道路・ガスといった非通信事業のどちらが伸びているかを分けて見る視点が参考になりそうです。
三和電気興業と日本通信建設——ふたつの源流
1947年、のちにサンワコムシスエンジニアリングとなる三和電気興業が設立されました。その4年後の1951年には、経済界と電気通信工事業界の有力者21人が出資し、日本通信建設(現・日本コムシス)が東京で設立されています。
1952年、日本通信建設は日本電信電話公社(電電公社)から全国で最初の「総合1級業者」として認定されました。線路工事・機械工事・伝送無線工事までを一括で任される立場を得たのです。電話を全国津々浦々に届けるという国家的な事業の担い手として、いまのコムシスグループの原点はここから始まりました。
「我が国初」——光ファイバー工事という転換点
1960年代から70年代にかけて、日本通信建設は地下管路を掘るシールド工事や、タイ・バンコクでの初の海外工事、衛星通信の地球局工事などに次々と進出しました。1972年には東京・大阪両証券取引所の第一部に昇格しています。
1982年、日本で初めて光ファイバーケーブルの工事を受注しました。電話線を延々とつなぐ仕事から、光の点滅で情報を送る技術へ。この転換にいち早く対応できたことが、のちの通信インフラ大手としての立ち位置につながっています。のちに「転動型制振装置」や光ファイバー敷設の新工法「スィーコム」も自社開発するなど、技術志向は現在まで続いています。
「かぶと会」——在日米軍工事をめぐる談合への関与
1981年から1988年にかけて、複数の電気通信設備工事業者は「かぶと会」という組織をつくり、在日米軍基地(横田・横須賀・横浜・三沢など)の通信設備の保守業務について、受注する会社をあらかじめ話し合いで決める合意を結んでいました。
日本コムシスの前身である日本通信建設も、電話局・無線局の運用保守を担える「1級9社」の一員として、この話し合いに加わっていたと、後の裁判の判決文に記されています。審決を不服として争った別の会社(協和エクシオ)の審決取消訴訟で、東京高等裁判所は1996年、公正取引委員会の審決を支持する判断を示しました。個々の会社に対する具体的な処分内容までは、この判決文からは確認できませんが、業界ぐるみの受注調整に名を連ねていた事実は公的な記録として残っています。
「2,000億円」——クウェート復興工事と受注規模の拡大
1990年、日本通信建設は社名を「日本コムシス」に改め、電話工事だけに頼らない会社を目指す方針を打ち出しました。翌1991年にはNTTの「通信設備総合工事」認定を取得し、その翌年には湾岸戦争後のクウェート緊急復興プロジェクトを受注しています。
海外の大型案件でも実績を積み重ねた日本コムシスは、1997年、受注高・完成高が2,000億円を突破しました。国内トップクラスの電話工事会社が、海外案件も手がける総合エンジニアリング企業へと姿を変えていく途中の一幕です。
「コムシスホールディングス」誕生——3社が選んだ持株会社という答え
2003年、日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の3社は株式移転により持株会社「コムシスホールディングス」を設立し、東京・大阪証券取引所の第一部に同時上場しました。
当時、日本コムシスの売上のおよそ半分をNTT向けが占めていたと伝えられています。NTT1社に依存する構造を分散させ、重複する管理機能を統合することが、3社が持株会社という形を選んだ狙いだったといわれています。地域ごとに別々だった通信工事会社が、一つの看板の下に集まった瞬間でした。
つうけん、NDS、SYSKEN——全国統合の15年
持株会社の発足後、コムシスホールディングスは全国各地の同業他社を次々とグループに迎え入れていきます。2010年には北海道のつうけんを株式交換で完全子会社化し、これがグループ初のM&A企業の合併・買収の総称。他社の株式や事業を取得して一体化すること。となりました。その後、つうけんは道内の他の電気工事会社を合併し、北海道全域をカバーする体制を築いています。
2018年には、名古屋のNDS、熊本のSYSKEN、金沢の北陸電話工事の3社を同時に株式交換で子会社化しました。この統合で連結売上高は前の年度からおよそ1,000億円増え、コムシスグループは全国をほぼカバーする施工体制を手に入れています。地方の通信工事会社が抱えていた「一社ではNTT一社にしか頼れない」という弱みを、グループ入りという形で解決していった15年でした。
通信会社から社会インフラ企業へ——再エネ・道路・ガスに広がる非通信戦略
2014年以降、コムシスホールディングスは通信以外の会社もグループに迎えていきます。太陽光発電の日本エコシステム、道路舗装の東京鋪装工業、都市ガス設備工事のカンドー、鉄工の藤木鉄工などです。無電柱化や上下水道、データセンター間をつなぐ配線工事など、通信インフラで培った技術は社会インフラ全般に生かせることが分かってきました。
この多角化により、中期経営計画ではNTTグループとNCC向けの売上比率を半分以下に、情報処理関連や社会システム関連の事業を過半に引き上げる目標が掲げられました。創業以来ずっと電話工事の会社だったコムシスグループにとって、事業の重心を動かそうとする転換点です。
「過去最高」——5Gの反動を越えたデータセンターの追い風
2019年ごろから、総務省が5G基地局の整備を後押しする方針を示したことで、コムシスホールディングスへの期待が高まりました。5G関連工事の需要が盛り上がり、2022年3月期には売上・営業利益とも過去最高を記録しています。
ただし特需には反動もつきものです。翌年度はいったん営業利益が落ち込みましたが、その後はデータセンター向け工事の拡大が新しい追い風になりました。2026年3月期の売上高は約6,306億円、営業利益は約509億円となり、コムシスホールディングスは過去最高の水準を更新しています。通信の会社として生まれ、いまはデータセンター時代のインフラを支える会社へ——その変化はまだ続いています。
