島野庄三郎は、堺の借り工場でペダルの部品づくりを始めた。 気づけばその会社は、変速機やブレーキで世界の大半のシェアを握る企業になっていた。 ゴルフやスノーボードでは撤退を経験しながら、釣りともう一つの柱にたどり着いた。

01

創業から現在へ — ストーリー

1921
堺の借り工場でフリーホイールづくりを始める
堺市東湊町の借り工場でフリーホイールの製造を始めた。のちに老松町へ工場を移し、島野鉄工所として法人化した。
1940
島野工業への改称
島野鉄工所は島野自転車株式会社を吸収合併し、社名を島野工業株式会社に改めた。変速機の生産も始めたが、創業者の島野庄三郎はまもなく65歳で亡くなった。
1958
島野尚三が2代目社長に就任
父の死を受けて社長に就いたのは、長男の島野尚三だった。その後、米国進出や証券取引所への上場を経て、シンガポールに初の海外工場を構えた。
1973
部品をひとそろいで売るコンポーネントの発明
シマノは変速機やブレーキなどをセットで供給する高級コンポーネントを発売した。その後、レバー操作でギアが正確に決まるSIS機構を搭載したモデルへ刷新する。
1989
STIレバーの誕生
シマノはブレーキレバーとシフターを一体化した新型レバー「STI」を発表した。同じ年に社名を株式会社シマノへ改めている。
1990
ゴルフとスノーボード事業から撤退
シマノはゴルフ用品事業とスノーボード用品事業に後年参入したが、いずれも撤退している。一方で1970年に始めた釣り具の事業は根付いている。
2020
それでも配当は過去最高
コロナ下の特需戦争や災害など特別な事情で一時的に発生する大きな需要。の反動で市況が振れ、営業利益は2割減の517億円まで落ち込んだ。それでも配当は過去最高額を更新している。
TEN YEARS

10年で、売上は約1.4倍

8,000億円
4,000億円
2016 · · · · · · · · 2025
売上 純利益(会社に残った利益)
売上
10年前
3,230億円
↓
現在
4,662億円
約1.4倍に増加
純利益
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
10年前
510億円
↓
現在
340億円
売上100円につき約7円
従業員
10年前
11,908人
↓
現在
10,242人
約14%減少
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
自転車部品
変速機・ブレーキなどをセットで供給する自転車部品の中核事業です。
柱 02
釣具事業
1970年に参入した釣具用品事業で、G.ルーミスを傘下に収めています。
柱 03
ボート用品など
ローイング(ボート漕艇)向けの用品など規模は小さい独自の商品を手がける事業です。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

「シマノのフリー」——堺の借り工場で磨いた精度

島野庄三郎は堺市東湊町に借り工場を構え、翌年からフリーホイール(ペダルを止めても後輪が回り続ける部品)づくりを始めました。

焼き入れ技術を独自に改良して精度を高めていくと、国内外で「シマノのフリー」と呼ばれるまでに評価が上がりました。こうした評価の高まりが、のちの法人化への足がかりになりました。

65歳での別れ——長男・尚三に託されたシマノ

1958年、創業者の島野庄三郎が65歳で亡くなりました。会社の舵取りを継いだのは、長男の島野尚三です。父が一代で築いたシマノを、このときから引き継いでいくことになります。

部品をひとそろいに——コンポーネントが生まれた

シマノは高級コンポーネント「デュラエース」を発売しました。それまで自転車部品は個別に選んで組み合わせるのが当たり前でしたが、シマノは部品同士の相性まで含めてひとそろいで設計・供給する発想に踏み出します。

この「コンポーネント」という考え方は、その後の自転車業界全体に広がっていきました。1973年には東京・大阪証券取引所の1部にも昇格しています。

「カチッ」と決まる変速——SISが変えたギアチェンジ

それまでの変速機は、レバーの引き加減を手の感覚で微調整しながらギアを合わせる必要がありました。1984年、シマノはレバーを一段動かすだけでギアが正確に決まるインデックス機構(SIS)を搭載した新型デュラエースを発売します。

「カチッ」と決まるギアチェンジの操作感は初心者にも扱いやすく、大きな支持を集めました。この技術はやがて上位モデルだけでなく、幅広い価格帯の製品に広がっていきます。

指先ひとつでギアが変わる——STIレバーの誕生

それまでのロードバイクは、ブレーキレバーとは別に、フレームやハンドルの根元にあるシフトレバーを操作してギアを変える必要がありました。シマノはマウンテンバイク向けの技術を応用し、この発想をロードバイクにも取り入れていきます。

1990年、ブレーキレバーとシフターを一体化したSTI(シマノ・トータル・インテグレーション)レバーを発表しました。翌1991年には社名を株式会社シマノへ改めています。

自転車以外への挑戦——生き残った釣り具

自転車一本足だったシマノは、1970年に釣具事業へ参入しました。さらに後年、スノーボードとゴルフの事業にも進出し、事業の幅を広げようとします。

ですが、ゴルフ用品もスノーボード用品も、事業としてはいずれ撤退という結果に終わり、後者はヨネックスに譲渡されました。一方の釣り具は根付き、G.ルーミスなどを傘下に収めるまでに育っています。同じ「自転車以外への挑戦」でも、残った事業と消えた事業に分かれました。

24万個の無償点検——下請けにも背負わせた宿題

シマノは2022年、一般向け自転車に搭載していた変速機(型番RD-TY21B)に不具合が見つかったと発表しました。走行中に脱落すると転倒してけがをする恐れがあるとして、国内で約24万個の無償点検を実施しています。

その3年後、公正取引委員会からもうひとつの指摘を受けます。下請け企業121社に対し、発注していない金型など4,313個を無償で保管させていたというものです。保管・棚卸しは2年ほど続いていたとされ、公取委は再発防止と費用の支払いを勧告しました。シマノは「厳粛に受け止める」とコメントしています。

特需の反動——それでも配当は過去最高を更新した

新型コロナ下の巣ごもり需要とアウトドアブームで自転車と釣具の販売が急増するなか、社長の島野容三は「21年前半は顧客要望にフル生産対応。後半は新製品投入による増収も見込む」と述べ、シマノの業績は大きく伸びました。

その後は中国や欧州で積み上がった市場在庫の重荷が残り、為替差損も重なって、2025年12月期の営業利益は前期比2割減の517億円まで落ち込みます。それでも同期の年間配当は、過去最高額を更新しました。欧州では需要が安定してきた兆しも見え始めています。