注文住宅や賃貸住宅「シャーメゾン」で知られる積水ハウスは、もとは赤字続きの小さな住宅工場だった。 田鍋健の「直接販売・責任施工」で立ち直り、住宅業界の大手へと成長した。 いまはアメリカでも家を売り、祖業の外へ外へと広がり続けている。

01

創業から現在へ — ストーリー

1960 — 1964
赤字のプレハブ工場、田鍋健が立て直す
積水化学工業のハウス事業部を母体に、1960年に積水ハウス産業が設立されました。3年で累積赤字9,000万円を抱えましたが、社長就任した田鍋健が立て直しに着手し、翌年に黒字化を達成しました。
1970 — 1973
上場と、石油危機を乗り切った一社購買
積水ハウスは1970年に上場し、翌年に東証一部東京証券取引所の上場区分の一つ。2022年の市場再編で、上場企業はプライム・スタンダード・グロースの3区分に分けられた(それ以前は市場第一部・第二部やマザーズと呼ばれていた)。へ指定替えとなりました。石油危機で住宅資材が高騰した時期も、一社購買体制で安定調達を続け、生産ラインを止めませんでした。
1993 — 2008
ストック型の収益と、環境経営への転換
積水ハウスは1993年に累積住宅販売戸数100万戸に到達し、本社を大阪の梅田スカイビルへ移しました。「5本の樹」計画にも着手し、管理・仲介・改修でも稼ぐ構造への転換を進めました。
2008 — 2010
リーマン後、45年ぶりの赤字に転落
世界的な金融危機で住宅需要が急速に冷え込み、積水ハウスは2010年1月期に営業損益387億円の赤字に転落しました。黒字化から続いていた45年間の無赤字記録が、ここで途切れています。
2017 — 2018
地面師に55億円を騙し取られる
2017年、積水ハウスは東京・五反田の旧旅館跡地を巡る取引で地面師グループに63億円をだまし取られました。この事件をきっかけに会長と社長が対立する内紛が起き、経営体制の見直しにつながりました。
2017 — 2024
アメリカの住宅会社を次々と買収
積水ハウスは2017年に米ユタ州のウッドサイド・ホームズを買収し、米国戸建て事業に本格参入しました。その後も買収を重ね、コロラド州のM.D.C.ホールディングスを完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しています。
2019 — 2025
ゼネコンを傘下に、そして売上4兆円へ
積水ハウスは総合建設会社・鴻池組の持株会社他の会社の株式を保有し、グループ全体の経営管理を担う会社。自らは事業を行わないことが多い。に出資し、連結子会社親会社の決算に売上・利益をまとめて計上する子会社。親会社が過半数の議決権を持つ会社などが対象。化しました。都市開発の工事を自社グループでまかなえる体制を整え、2025年1月期には売上高4兆円を突破しています。
TEN YEARS

10年で、売上はほぼ2倍

5兆円
2.5兆円
2017 · · · · · · · · 2026
売上 純利益(手元に残った利益)
売上
10年前
20,269億円
現在
41,979億円
ほぼ2倍
純利益
(手元に残った利益)
10年前
1,219億円
現在
2,321億円
売上100円につき約6円
従業員
10年前
23,299
現在
32,186
約1.4倍に増加
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
戸建住宅
自由設計の注文住宅が祖業で、木造・鉄骨造をそろえます。耐震性能と環境性能が強みです。
柱 02
賃貸・リフォーム
「シャーメゾン」の賃貸住宅経営や、住宅の改修・仲介など、建てたあとも続く管理収入で稼ぐ事業です。
柱 03
分譲・都市開発
「グランドメゾン」の分譲マンションと、傘下のゼネコン・鴻池組を生かした都市開発を手がけます。
柱 04
海外事業
米国と豪州で戸建て住宅を分譲します。買収を重ね、海外の戸建てはおよそ7万戸規模です。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のポイント

積水ハウスの業績は、国内の新設住宅着工戸数と米国の金利・住宅市場に左右されやすい構造です。巨額買収で米国事業の比重が高まり、円相場や米国の住宅ローン金利の動きが読み解く手がかりになりそうです。

「沈没寸前の船」——田鍋健が赤字工場を立て直した

積水化学工業のハウス事業部を母体に生まれた積水ハウス産業は、発足からわずか3年で累積赤字9,000万円を抱えていました。プレハブ住宅は「在来工法より高価で品質面でも劣る」と見られていたのです。

積水化学の専務だった田鍋健が社長に就任します。田鍋は当時の経営状態を「沈没寸前の船と同じ」と語ったと伝えられています。代理店制度を廃止し、販売と施工を自社社員が担う直接販売・責任施工方式へ転換し、社名も「積水ハウス」に改めました。

翌年には単年度の黒字化を達成し、その翌年には累積赤字も一掃しています。創業からわずか5年での再建でした。

40〜50%値上がりでも——生産ラインは止まらなかった

1970年に東証・大証の市場第二部に上場した積水ハウスは、翌年には第一部に指定替えとなりました。1973年の石油危機では住宅資材の価格が急騰し、多くの住宅会社が対応に苦しみます。

積水ハウスは主要な建設資材を一社から仕入れる体制をとっていました。取引先各社は積水ハウス向けの供給を最優先にし、資材が40〜50%値上がりする中でも、必要量を満額受け取り続けています。おかげで生産ラインを一度も止めずに済みました。

45年の無赤字記録——金融危機で途切れる

積水ハウスは黒字化して以来、一度も赤字を出さない経営を続けてきました。しかし世界的な金融危機で住宅着工が落ち込み、45年間続いていた無赤字の歴史がここで途切れます。

主力の注文住宅の受注が振るわないなか、積水ハウスは事業を縮めるのではなく、海外に活路を求めました。この時期に設立したのがNASH(ノース・アメリカ・積水ハウス)という新会社です。

「地面師」——五反田の空き地に63億円を支払った日

積水ハウスは、「売りに出ないことで有名」だったこの土地の話を持ちかけてきた知人の業者から購入を進めていました。他人になりすました「地面師」グループに、手付金と残金あわせて63億円を支払いました

契約後、実際の所有者を名乗る人物から「売買契約はしていない」という内容証明郵便が複数届きましたが、社員らはこれを「取引を妨害したい者の嫌がらせ」と解釈し、支払いは止まりませんでした。関連する預かり金を差し引いても、55億5,000万円が回収不能になっています。外部弁護士の報告書は、部門間のチェック機能が働かなかったことを要因に挙げました。

地面師事件のあと——会長と社長が正面衝突する

地面師事件の発覚後、積水ハウスの経営陣は動揺しました。会長が社長の解任動議を出しますが可否同数で否決され、逆に社長が会長の解任動議を出して会長が辞任に追い込まれる内紛が起きています。株主からは経営陣の責任を問う代表訴訟も起こされましたが、裁判所は経営判断の裁量の範囲内だとして請求を退けました。

積水ハウスはこの経験を踏まえ、代表取締役の70歳定年制を導入するなど、統治体制の見直しを進めています。1件の詐欺被害が、経営体制そのものを変えるきっかけになりました。

眺望を守るため——完成間近のマンションを壊す

2024年、積水ハウスは東京都国立市で建設していた分譲マンション「グランドメゾン国立富士見通り」の解体を決めました。着工から1年半、引き渡しを目前に控えた時期の決定です。周辺住民の反発を受け、2度の設計変更を重ねていました。

同社は「完成が近づき、実際に建物が富士見通りからの富士山の眺望に与える影響を再認識した」と説明しています。景観への影響を優先し、完成目前の建物を自ら取り壊すという判断に至りました。

鴻池組を傘下に——外注工事を自分たちで受ける会社になった

2016年、積水ハウスはかつて経営難を経験し業績が回復していた総合建設会社・鴻池組の持株会社に3割出資しました。その後出資比率を引き上げて連結子会社化しています。

これまで外注していた大型マンションなどの工事を鴻池組に発注し、都市開発を自社グループで一貫して手がける体制にすることが狙いでした。祖業の戸建て住宅から、まちづくり全体を担う会社への広がりです。

M.D.C.買収——年1万5,000戸を売る会社に育った

2017年の米国本格参入から買収を重ねてきた積水ハウスは、コロラド州のM.D.C.ホールディングスを約7,200億円で完全子会社化しました。

一連の買収により、積水ハウスグループの米国での年間引き渡し戸数はおよそ1万5,000戸規模となり、全米でも上位に入る住宅会社に成長しました。プレハブ住宅の町工場は、いま太平洋の向こうでも家を建てています。