国の工場に築かれた高炉は、わずか3日で火が消えた。 それでも日本の鉄鋼業はここから始まり、合併と解体を繰り返してきた。 いまはアメリカの名門製鉄会社を、傘下に置くところまで来ている。
創業から現在へ — ストーリー
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事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
鉄鋼は、原料となる鉄鉱石・原料炭の価格や、中国メーカーの供給量に業績が左右されやすい構造です。好不況の振れ幅が大きい業種であることを踏まえて数字を追うと、決算のニュースが読みやすくなりそうです。
USスチールの買収では、米国政府が「黄金株」を通じて一部の経営判断に関与する権利を持っています。海外子会社と同じには進まない可能性がある点が、他社のM&A企業の合併・買収の総称。他社の株式や事業を取得して一体化すること。と比べて特殊な論点になりそうです。
「1.2トン」——最初の高炉は、わずか1年で止まった
官営八幡製鐵所が操業を始めました。火入れ後に出銑した量は、わずか1.2トンだけでした。その後も原料装入車の故障や除塵機のガス爆発、羽口の閉塞が相次ぎ、3日間の休風で炉底の溶銑が固まってしまいます。予定していた1日160トンの出銑に対し、実際は83トンしか出せず、1年足らずでこの高炉は休止しています。
コークス高炉の実績を持つ技術者・野呂景義が呼び戻されました。野呂は高炉の構造と装入物の配合、たび重なる送風停止が原因だと突き止め、羽口の構造を改良し、コークスの質を上げる配合に変えます。1904年に再び火が入れられると、以後は休まず稼働し、1910年まで2,140日にわたって出銑を続けました。
国策会社の絶頂——4つの新会社に姿を変えた
官営八幡製鐵所に輪西製鐵、釜石鉱山、三菱製鐵、富士製鋼を加えた5社が統合し、日本製鐵株式会社が発足しました。政府が株式の過半数を持つ国策会社で、日中戦争が始まると3度にわたり大規模な拡張を重ねます。生産のピークだった1943年には、銑鉄356万トン、鋼塊375万トン、当時としては驚異的な規模に達しました。
戦後、過度経済力集中排除法の対象に指定され、日本製鐵は八幡製鐵・富士製鐵・日鐵汽船・播磨耐火煉瓦の4社に分割されて解散しました。「日本製鐵」という社名は、この年いったん消えたのです。
「合併否認」——公正取引委員会が立ちはだかった
1968年、八幡製鐵と富士製鐵は合併を発表しました。需要の伸びが鈍るなかでの重複投資解消と、ヨーロッパの鉄鋼再編に対抗できる国際競争力の確立が理由でした。公正取引委員会は独占禁止法違反の疑いを指摘し、東京高等裁判所に緊急停止命令を申し立てたうえで、合併否認を勧告しました。
争点になったのは鋼矢板・鉄道用軌条・ブリキ・鋳物用銑鉄の分野でした。両社は鋼矢板と軌条の製造技術を日本鋼管に提供し、ブリキ事業は東洋鋼鈑に株式を譲渡し、鋳物用銑鉄は神戸製鋼所に設備を譲渡する排除計画を提出して独禁法違反を解消しています。1970年、合併が認められ、新日本製鐵が発足しました。
釜石・堺・広畑——鉄の火が、次々に消えていった
新日本製鐵は高度成長期の旺盛な内需を追い風に、事業拠点を広げてきました。ですが需要の伸びが鈍ると、状況は一変します。釜石、堺、広畑——各地の高炉が、数年のうちに相次いで休止に追い込まれました。
需要の伸びが鈍った鉄鋼業では、生産構造そのものを見直す動きが広がっていました。新日本製鐵にとっても、高炉を止める決断は避けられないものだったといいます。
「総合力世界No.1」——住友金属との合流で目指したもの
2012年、新日本製鐵は住友金属工業と合併し、新日鐵住金株式会社が発足しました。国内鉄鋼業が中国メーカーの急速な台頭と新興国市場の拡大に直面するなか、生産体制の最適化と研究開発機能の統合による競争力強化が狙いだったとされます。両社の製品ラインは棒鋼・線材・継目無鋼管などの分野で補完関係にあったそうです。
発足にあたり両社は「本日、新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社は合併し、新日鐵住金株式会社が誕生しました」と発表し、鉄鋼事業のグローバル展開や技術先進性の発揮など4つの施策を通じて「総合力世界No.1の鉄鋼メーカー」を目指すと表明しました。
日本製鉄——69年ぶりに戻った社名
新日鐵住金は日新製鋼を子会社化し、その後、完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しました。同じ時期、山陽特殊鋼も連結子会社親会社の決算に売上・利益をまとめて計上する子会社。親会社が過半数の議決権を持つ会社などが対象。に加えています。一連の再編を終えると、社名を「日本製鉄株式会社」に改めました。
「日本製鉄」という社名は、5社統合で生まれてから解体されるまで、かつてこの会社が名乗っていたものでもあります。69年の時を経て、同じ名前がグループ再編の完成とともに戻ってきたのです。
呉製鉄所——配当を80円から10円へ落とした赤字
米中貿易摩擦や新興国メーカーの追い上げで鋼材需要が細るなか、日本製鉄は過去最大の最終赤字を計上しました。前期は黒字だった業績からの急転で、原因は需要減と鋼材市況の低迷に、原料価格や物流費の上昇が重なったことにあります。
国内の生産能力を大きく落とす決断が下され、呉と和歌山、それぞれの高炉が止まりました。年間配当は80円から10円へ、大きく減らしています。
「黄金株」——バイデンが止め、トランプが動かした
日本製鉄は米USスチールの買収に合意しました。対米外国投資委員会の審査のさなか、バイデン大統領(当時)は安全保障上の懸念を理由に取引を止めたと報じられています。政権が代わり、トランプ大統領がCFIUSに再審査を指示し、バイデンが止め、トランプが動かした取引は、最終的に承認されています。
買収総額は142億ドル。USスチールは米国政府と国家安全保障協定を結び、「黄金株」を発行しています。この株式は独立取締役1人の選任権と、一定事項への同意権を政府に与えるとされています。
