三菱・東京・三和・東海。かつて競い合った四つの名門銀行が、ひとつになった。 幾多の合併と経営統合、三井住友との争奪戦——その果てに、いまの巨大金融グループができあがった。
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投資家目線のポイント
メガバンクの業績は、日本の金利や為替、海外の景気に左右されます。三菱UFJは特に海外で稼ぐ比重が大きいので、国内の金利だけを見ていると動きを読み違えることがありそうです。
銀行・信託・証券をまとめて抱える持株会社他の会社の株式を保有し、グループ全体の経営管理を担う会社。自らは事業を行わないことが多い。です。ニュースがどの子会社の話かを見分けると、グループ全体の動きが分かりやすくなります。
鴻池の両替店——四つの源流が生まれた
公式沿革がもっとも古い起点に据えるのは、大阪の両替商「鴻池両替店」です。両替商とは、江戸時代にお金を貸したり為替を扱ったりした、今の銀行業にあたる商売でした。この商いの系譜が、のちに現在のグループを形づくる源流の一つになります。
同じころ、海運業から身を起こした岩崎彌太郎が「三菱為換店」を興し、為替を扱うもう一つの流れが生まれます。大阪の両替商と、明治の実業家が興した為替商——生まれも性格も異なる二つの金融の芽が、同じグループの中に併存することになりました。
そこに、外国との取引を専門に担っていた銀行の系統も加わり、生い立ちの異なる複数の源流が一つ屋根の下に集まっていきます。両替商・実業家の為替商・外国為替を専門にした銀行という、出自の違う顔ぶれが、今の三菱UFJの中に息づいているのです。
金融庁との全面対決——半年間、新しく貸せなくなった銀行
2004年、金融庁がUFJ銀行に特別な検査に入りました。大口融資先の貸出金の査定が甘いと指摘されただけでなく、検査官への対応が検査忌避に該当する行為と認定される、異例の事態になります。
金融庁はまず、内部管理態勢の改善を命じました。それでも収まらず、銀行法にもとづき、東京・大阪にある法人向けの営業部門で新しい貸し出しを禁じる処分に踏み切ります。住宅ローンなど一部を除き、半年間、新しい融資を一件も出せない銀行になったのです。
日本のメガバンク級の銀行が、行政の処分で「貸せない」状態に置かれるのは異例でした。この一件が、UFJが単独での再建をあきらめ、統合相手を探しはじめる転機になります。
5000億から7000億へ——UFJ争奪戦が広がった
経営危機のさなかにあったUFJホールディングスは、傘下のUFJ信託銀行を住友信託銀行に売却する方針を固めていました。ところが一転して、東京三菱フィナンシャル・グループとの経営統合を発表します。約束を反故にされた住友信託銀行は、統合協議の差し止めを求めて東京地裁に仮処分を申請しました。
東京地裁は住友信託の申請を認める命令を出しました。その隙をつく形で三井住友フィナンシャルグループが名乗りを上げ、5000億円以上の資本提供の可能性と「対等の精神」による統合を持ちかけます。この提案を無視すれば株主の利益に反しかねず、UFJ側は検討せざるを得なくなりました。
東京高裁は地裁の命令を取り消しましたが、東京三菱側も三井住友を上回る条件を示す必要に迫られ、最大7000億円の出資を約束する基本合意を前倒しで締結します。すると三井住友は同水準まで出資額を引き上げ、統合比率「1対1」という対抗提案を打ち出しました。最終的に最高裁が住友信託の抗告を退け、東京三菱とUFJの統合が確定します。
預金シェア4割——それでも独占とは判定されなかった
公正取引委員会は、三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合について、47の取引分野を画定したうえで、23の分野を詳しく審査しました。銀行の預金だけでも、全国・都府県単位の市場をあわせて調べています。
統合後の全国預金シェアは約40%で第1位、貸出シェアも約35%で第1位という、圧倒的な数字になりました。それでも公正取引委員会は「競争を実質的に制限することとはならない」と判定します。
理由は、ネット専業銀行やコンビニ銀行など他業態からの参入が競争を活発にしていること、郵便貯金という隣接市場が競争圧力になっていること、そして都市銀行など有力な競争相手が残っていることでした。数字の大きさだけでは、独占とは判断されなかったのです。
「90億ドル」——沈むモルガンに日本の銀行が賭けた
2008年、リーマン・ブラザーズの破綻から間もなく、米大手投資銀行モルガン・スタンレーは経営危機に陥っていました。三菱UFJフィナンシャル・グループはこの局面で、モルガン・スタンレーへ90億米ドル、約9000億円の出資を決定します。
邦銀としては、海外大手金融機関へのこれほどの資本投下は前例が少なく、当時大きな注目を集めました。この提携はその後の投資銀行業務の強化につながったとされ、両社の関係は長期にわたって続いています。
年8億ドルの配当——得をしたのは、実はモルガンだった
三菱UFJがモルガン・スタンレーに出資した資金は、優先株でした。優先株の配当として年8億ドルという「上納金」が三菱UFJに支払われ続けます。
2011年、三菱UFJはこの優先株の大半を普通株に転換し、モルガン・スタンレーの議決権22.4%を握る大株主になりました。派遣する取締役の枠も広がります。表向きは、危機に手を差し伸べた銀行が、大きな発言力を手にした瞬間でした。
けれど週刊ダイヤモンドの報道によれば、得をしたのは三菱UFJよりもモルガン側だったといいます。優先株のままなら払い続けるはずだった高い配当という「上納金」から解放されたのはモルガンで、当時、傘下の証券会社が抱えた巨額損失も、交渉を有利に進める材料になったとされています。三菱UFJが得たのは、取締役の枠が少し広がったことくらいだったのです。
