「キリン一番搾り」でおなじみのキリンホールディングス。 前身は、横浜で経営破綻した外国人醸造所だった。 スーパードライの衝撃、ブラジル・ミャンマー事業の失敗を経て、酒類・飲料・医薬に次ぐ第四の柱を育てる企業になった。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約1.2倍
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
倒産寸前のビール事業——グラバーが仕掛けた立て直し
1870年、横浜にアメリカ人が開いたビール醸造所は、日本の気候や需要を見誤り、開業からわずか数年で立ち行かなくなっていました。破産寸前のこの醸造所に目をつけたのが、スコットランド出身の商人トーマス・グラバーです。グラバーは日本人実業家の岩崎彌之助らを引き入れ、外国資本と日本の財界が共同で出資する形で事業を立て直しました。招いたドイツ人技術者が輸入原料で仕込んだラガーは評判を呼びましたが、事業が軌道に乗ると、三菱・明治屋・日本郵船といった日本側の出資者が主導権を握るようになります。会社は麒麟麦酒株式会社として歩み直し、経営は外国人商人の手から日本人実業家の手に移っていきました。
シェア60%からの転落——「スーパードライ」に出遅れる
1980年代半ば、キリンは国内ビール市場で60%を超えるシェアを握り、ライバル不在の首位でした。ところが1987年、朝日麦酒(現・アサヒビール)が辛口の「アサヒスーパードライ」を売り出すと、爆発的に売れて若い世代の支持を集めます。キリンはこの流行を当初一時的なものと判断し、伝統の味を大きく変える決断に踏み込めませんでした。翌々年にはシェアが48.5%まで下落し、長年の首位に陰りが見え始めます。
「一番搾り」——値上げせず売り出した社長の決断
起死回生の一手を求められた開発チームが行き着いたのは、通常なら一部しか使わない、醸造の最初に自然に流れ出る麦汁だけで仕込むという製法でした。雑味の少ない上質な仕上がりと引き換えに、原料コストは大きく膨らみます。採算をめぐって社内で慎重論も出ましたが、当時の社長は「お客様に良いものを安く提供するのが当社の責務」との考えを譲らず、値段を据え置いたまま発売する決断を下しました。1990年に売り出された「キリン一番搾り生ビール」は評判を呼び、看板商品に育っています。
持株会社への転換——医薬品事業に踏み出した
2007年、麒麟麦酒は事業ごとに子会社を切り分ける持株会社体制へ移行し、社名を「キリンホールディングス株式会社」に改めます。長年、酒類事業の浮き沈みに業績を左右されてきた会社が次の一手として選んだのは、それまで縁のなかった医薬品分野への進出でした。狙いを定めたのは協和発酵工業(現・協和キリン)で、公開買付けによる株式取得に動き、翌年には子会社化を完了させています。酒類頼みだった収益構造に、医薬品という新しい柱が加わった瞬間でした。
3,000億円の買収——ブラジル事業でつまずいた
2011年、キリンはブラジルのビール大手スキンカリオールの株式を約3,000億円で取得し、一気に海外展開へ舵を切りました。買収後の現地事業は本社の目が届きにくい分権的な体制のまま運営が続き、通貨レアルの急落で原材料費がふくらむ逆風のなかでも、立て直しの手を打てないまま時間だけが過ぎていきます。2015年、キリンは1,412億円の減損保有する工場・設備や、買収でついた「のれん」などの資産価値が下がったとき、目減り分を損失として計上する会計処理。損失を計上し、上場して以来はじめての最終赤字に沈みました。ハイネケングループへの売却は、分権的な経営そのものを見直す決断でもありました。
買い手が見つからず——合弁相手に株式を手放した
2015年、キリンは国軍とつながりの深い現地企業ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)と手を組み、ミャンマー・ブルワリーへ51%出資する形で市場に参入しました。潮目が変わったのは2021年の軍事クーデターです。国連がMEHLを国軍の資金源だと名指しで批判したことを受け、キリンはMEHLとの関係解消に向けて動き出しました。しかし国軍と無縁の引き受け手は現れず、選択を迫られたキリンは、保有株式のすべてを合弁会社自体に引き取らせる形で事業から手を引きました。
「本麒麟」の急伸——11年ぶりに奪い返した首位
長年苦杯をなめさせられてきたキリンのビール類事業に、追い風が吹きます。2020年、価格を抑えた第3のビール「本麒麟」が、巣ごもり需要の広がりに乗って前年から約4割も販売数量を伸ばしました。値下げだけでは埋まらなかった差を、価格帯そのものを見直した新商品が一気に縮めた形です。この勢いを受け、キリンは上半期の販売数量でアサヒを逆転し、11年ぶりに首位を奪い返しています。安さに徹した一本が、長年の競争構図を塗り替えました。
ファンケル買収——発酵技術を化粧品へ向けた次の一手
酒類・飲料・医薬に続く新たな柱として、キリンはヘルスサイエンス事業の拡大を進めています。2024年、化粧品・健康食品を手がけるファンケルをTOB買収したい会社の株式を、価格・期間・株数をあらかじめ公表して市場外で買い集める手法。で完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しました。1932年創業のオーストラリアのサプリメントメーカー、ブラックモアズもすでに傘下に収めています。ビール醸造で培った発酵・バイオテクノロジーの技術を化粧品や健康食品に応用する取り組みが、キリンの次の成長領域になっています。
