ビオレ、アタック、メリーズ。花王は、こうした商品を生んだ日用品最大手だ。 始まりは、たった一個の石けんだった。 攻めの多角化でカネボウ化粧品を買収し化粧品国内2位に躍り出たが、その先には大きな試練も待っていた。

01

創業から現在へ — ストーリー

1863 — 1890
米相場に失敗した青年、石けんづくりへ
長瀬富郎は22歳のとき、東京で米相場に手を出して資金を失いました。やむなく日本橋の小間物商に勤め、そこで石けんという商品に出会います。独立して開いた店では粗悪な国産石けんに悩まされ、石けん職人や薬剤師の力を借りて、自ら高品質な化粧石けん「花王石鹸」を完成させました。
1895 — 1907
出資銀行の破綻を、私財を投じて乗り越える
出資していた東西銀行が破綻し、取締役だった富郎は私財を債務整理にあてました。増産投資は止まり、売上は数年間足踏みします。それでも新工場の稼働で原料調達から包装までの一貫生産体制を整え、業績を立て直しました。
1911 — 1925
創業者の死、そして関東大震災を越えて
富郎は48歳で亡くなり、経営は弟や息子に引き継がれました。設備移転を終えた翌日に関東大震災が起きましたが、工場は焼失を免れ、社員総出の復旧で早期に生産を再開しています。1925年には株式会社として法人化されました。
1949 — 1985
洗剤・生活用品へ多角化、社名を花王に
東証への上場を経て、合成洗剤やシャンプー、住居用洗剤など生活用品を次々に発売しました。事業の広がりを反映し、社名を「花王石鹸」から「花王」に改めています。
1964 — 1998
問屋を切った流通改革と、フロッピー事業からの撤退
問屋を介さず小売店と直接契約する流通改革に踏み切り、反発を受けて一時は洗剤シェア首位を失いました。1980年代にはフロッピーディスク事業にも参入しましたが、90年代末に全面撤退し、本業回帰を掲げています。
2006
カネボウ化粧品を買収、化粧品国内2位へ
経営再建中だったカネボウから化粧品事業を買収し、化粧品事業の国内シェアを4位から2位に引き上げました。日用品の量販店チャネルと化粧品の専門店チャネルを組み合わせる狙いでしたが、企業文化の統合には時間がかかっています。
2013 — 2024
白斑問題、そして事業の選別へ
買収した子会社の美白化粧品で白斑症状皮膚の色素が抜けて、肌にまだらな白い斑点ができる症状。の被害が広がり、大規模な自主回収に至りました。その後、資本効率を測る指標を切り替え、採算の低い事業を譲渡する構造改革を進めています。
TEN YEARS

10年で、売上は約1.2倍

2兆円
1兆円
2016 · · · · · · · · 2025
売上 純利益(手元に残った利益)
売上
10年前
14,572億円
現在
16,886億円
約1.2倍に増加
純利益
(手元に残った利益)
10年前
1,162億円
現在
1,201億円
売上100円につき約7円
従業員
10年前
31,931
現在
31,514
ほぼ横ばい
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
洗剤・日用品
「アタック」「マイペット」などの衣料用・住居用洗剤や、紙おむつ「メリーズ」、生理用品「ロリエ」を展開する、創業以来の祖業にあたる事業です。国内の洗剤・トイレタリー市場で高いシェアを持っています。
柱 02
化粧品・スキンケア
「ビオレ」「ソフィーナ」などの自社ブランドに加え、買収したカネボウ化粧品のブランド群を抱える事業です。量販店向けの花王と、専門店向けのカネボウ、二つの販売網を組み合わせています。
柱 03
化学品(ケミカル)
洗剤の原料になる天然油脂アルコールなど、消費者の目に触れない産業向け素材を扱う事業です。低温定着トナーなどの粉末インクといった技術も、日用品事業で培ったノウハウを工業用途に応用したものです。
柱 04
海外事業(アジア・欧米)
タイ・台湾など1960年代からのアジア展開に加え、欧米では「ジョン フリーダ」などのヘアケアブランドを買収してきました。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のポイント

花王は長年、独自の資本効率指標「EVA」を経営の物差しにしてきましたが、近年はより一般的な「ROIC事業に投じた資金に対して、どれだけ利益を生み出したかを示す指標。(投下資本利益率)」に切り替えました。指標の変更は、会社が何を重視するようになったかのサインになることがあります。

買収した化粧品事業に加え、トイレ用品や飲料など祖業以外の事業でも譲渡による選別が進んでいます。どこまでを自社で抱え、どこを手放すのか、今後の再編の方向性は見ておきたい視点です。

米相場ですった22歳、日本橋の小間物商へ

長瀬富郎は1885年、東京に出て米相場に手を出しました。手元にあった150円はすぐに消え、やむなく日本橋馬喰町の和洋小間物商「伊能商店」に勤め始めます。当時の馬喰町には輸入石けんを扱う問屋が軒を連ね、富郎はその人気に目を留めました。

この投機の失敗がなければ、花王という会社は生まれていません。挫折から拾った商売の種が、のちの創業につながりました。

「粗悪な石けん」への義憤から生まれた「花王石鹸」

独立して開いた長瀬商店では、返品の多い粗悪な国産石けんに頭を悩ませていました。富郎は石けん職人の村田亀太郎、薬剤師の瀬戸末吉の力を借りて、自ら高品質な化粧石けんづくりに乗り出します。

1890年に完成した「花王石鹸」は、桐箱3個入りで35銭でした。輸入品コルゲート石鹸の1ダース28銭と比べても飛び抜けて高価な、強気の値付けです。品質を裏付けるため、高峰譲吉博士(のちにジアスターゼの発見で知られる化学者)による分析結果を能書に添えるという、当時としては珍しい取り組みも行っています。

出資銀行の破綻、私財を投じてしのいだ危機

1900年、富郎が取締役を務めていた東西銀行が破綻しました。債務整理のため、富郎は私財16,500円(今の価値でおよそ数千万円)を拠出しています。増産投資はままならず、売上高は6万円台で数年間足踏みが続きました。

それでも1902年の暮れに新しい工場が稼働し、原料の仕込みから包装までを一か所でまかなう一貫生産体制が整います。1907年には売上高が10万円を突破し、危機を乗り越えました。

移転の翌日に襲った関東大震災

1923年、花王は主要設備を新しい吾嬬町工場へ移し終えました。ところが翌日、関東大震災が発生します。下町一帯が猛火に包まれるなか、工場は建物の一部損壊にとどまり、焼失は免れました。

石けんは当時、生活に欠かせない緊急物資です。社員総出の復旧作業により、地震からわずか数週間で生産を再開しています。

天祐ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ——富郎が遺した言葉

1911年、富郎は48歳で亡くなりました。死の直前、彼は長瀬商店を合資会社に改組し、遺言として「人ハ幸運ナラザレバ非常ノ立身ハ至難ト知ルベシ、運ハ即チ天祐ナリ、天祐ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ」という言葉を残しています。誠実に道を守っていれば、幸運はおのずと訪れる、という意味です。

この言葉は現在も花王の企業理念「花王ウェイ」に「正道を歩む」として引き継がれています

問屋を切った1964年の流通改革

花王は1964年、全国およそ27万件の小売店と直接、再販契約を結びました。主導したのは副社長の丸田芳郎です。問屋を通さない取引は、当時の商習慣にはない大きな方針転換でした。

反発は大きく、東京では「販社粉砕協議会」という組織まで結成されます。花王は1969年から3年間、洗剤のシェア首位を明け渡しました。それでも小売までの経路を自分たちの手で握るという判断は、その後の花王の流通戦略の土台になっています。

800億円まで育ったフロッピー事業、そして全面撤退

花王は1985年、日用品と縁遠いフロッピーディスク事業に参入しました。ピーク時には800億円規模まで成長しています。

ですが1998年、花王はこの事業から全面撤退しました。後藤卓也社長は「本業回帰」を掲げ、担当役員の降格やボーナスカットという厳しい対応も取っています。多角化の勢いだけでなく、退く決断力も問われた出来事でした。

カネボウ化粧品買収、国内2位への切符

経営再建中だったカネボウから、花王は化粧品事業を約4,100億円で買収しました。国内シェアは4位から、資生堂に次ぐ2位に浮上します。日用品の量販店チャネルと、カネボウの専門店チャネルを組み合わせる狙いがありました。

一方で、企業文化の統合は想定より時間がかかり、投資を回収するまでの道のりは長くなっています。

ロドデノールが招いた白斑問題

2013年、カネボウ化粧品は自社開発の美白成分「ロドデノール」を配合した製品で、肌がまだらに白くなる白斑様症状皮膚の色素が抜けて、肌にまだらな白い斑点ができる「白斑」に似た症状。が相次いでいることを公表し、対象8ブランド54製品を自主回収しました。自主回収より前から危険な兆候がいくつも出ていたにもかかわらず、対応が遅れた可能性が高いと指摘されています。

白斑様症状を確認した人は最終的に19,611人、和解に至った人は19,300人にのぼりました(2026年時点の集計)。カネボウ化粧品はいまも製品の回収と研究基金の運営を続けています。

危機を越えてなお続く、国内最長の連続増配

白斑問題という大きな試練を経ても、花王は株主還元の歩みを止めませんでした。2025年度には1株あたり154円の配当を実施し、36期連続の増配を達成しています。国内上場企業の中でこれだけ長く増配を続けている会社はほかになく、連続増配の年数で花王は国内1位にランクされています。

日用品では「アタック」「メリーズ」「ビオレ」など、今も多くの家庭で使われる商品を抱え、化学品事業でも産業向け素材を手がけています。バブル崩壊やリーマンショック、コロナ禍といった数々の逆風のなかでも配当を増やし続けてきた実績は、花王という会社が積み重ねてきた信頼の厚さを物語っています。