コンビニ「ファミリーマート」を傘下に置く伊藤忠商事は、資源に頼らない総合商社だ。 麻布の行商から始まり、資源高で稼ぐライバルを尻目に、非資源分野の強さで商社の頂点に立った。 近江商人に伝わる「三方よし」の精神を、いまも経営の柱に掲げている。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上はほぼ3倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
同じ総合商社でも、資源に強い会社と非資源に強い会社では利益の出方が違います。伊藤忠商事は非資源分野の比率が高い商社で、資源価格が急落する局面でも他社ほど利益が振れにくい構造だと見ることができます。
伊藤忠商事は繊維や食料、機械など複数のカンパニーが独立採算で運営されています。決算を見るときは、どのカンパニーの利益が伸びているかに注目すると、会社の重心の変化が見えてきそうです。
「三方よし」——15歳の忠兵衛が始めた麻布の行商
1858年、近江国(現在の滋賀県)に生まれた伊藤忠兵衛は、わずか15歳で麻布を担ぎ、売り歩く「持ち下り」という商いを始めました。店を構えず、少ない元手で商品を届けるこの行商が、伊藤忠商事創業の原点とされています。
忠兵衛が大切にしたのが、近江商人に伝わる「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」の考え方です。自社の利益だけでなく取引先や社会全体の利益も重んじるこの精神は、160年以上を経たいまも伊藤忠グループの企業理念の柱になっています。
伊藤忠と丸紅、ひとつの源流からふたつに分かれた歴史
1918年、伊藤忠兵衛家の事業を担ってきた伊藤忠合名会社は、貿易を担う「伊藤忠商事株式会社」と、国内の卸売りを担う会社に分かれました。このとき分かれた国内卸の会社が、のちの丸紅の源流になります。
ですが分かれた両社は、戦争へ向かう国策のもとで再び一つになります。1941年、伊藤忠商事は丸紅商店、岸本商店と合併し、三興株式会社になりました。同じ源流を持つ二つの総合商社が、歴史の中で合流と分離を繰り返してきたことになります。
大建産業の解体から、単独の伊藤忠商事へ
1944年、戦時統制のもとで三興株式会社はさらに大建産業株式会社へと改組されました。複数の商社が一つの巨大企業にまとめられていったのです。
ですが敗戦後、過度経済力集中排除法により、大建産業は解体を命じられます。1949年の暮れ、大建産業はいまにつながる伊藤忠商事として再出発しました(同時に丸紅も分離したとされています)。翌年には東京・大阪両証券取引所に上場し、新しい歩みを始めています。
安宅産業を合併——繊維商社から総合商社への転換
1975年、大手総合商社の一角だった安宅産業は、カナダの製油所プロジェクトの失敗で経営危機に陥りました。第四次中東戦争による原油価格の急騰や販路の縮小が重なり、投じた資金が回収できなくなったのです。住友銀行をはじめとする銀行団を巻き込む大規模な救済劇となりました。
1977年、伊藤忠商事は安宅産業を吸収合併します。鉄鋼部門など安宅の事業の一部を引き継ぎ、この合併によって、伊藤忠商事は繊維に強い商社から、名実ともに総合商社へと変わっていきます。
「20世紀に起きたことは20世紀のうちに片付ける」——丹羽宇一郎の不良債権処理
バブル期、伊藤忠商事は国内外の不動産関連投融資を拡大し、その多くがバブル崩壊後に不良資産化しました。1998年に社長へ就任した丹羽宇一郎は、傷を先送りしない方針を掲げ、1999年、3,950億円規模の特別損失を一括計上します。
丹羽は「20世紀に起きたことは20世紀のうちに片付ける」と語り、傷を先送りしない方針を貫きました。この荒療治の結果、2001年3月期には過去最高益となる705億円の利益を計上するまでに回復します。先送りしない経営は、のちに伊藤忠商事が商社首位に立つ土台になったと評されています。
ファミリーマートを、少しずつ完全子会社に
1998年、西友グループの渡辺紀征社長(当時)が丹羽宇一郎副社長(当時)に株式の買い取りを持ちかけたことがきっかけで、伊藤忠商事はファミリーマート株式の一部を取得しました。以後、伊藤忠は段階的に出資を積み増していきます。
2018年には約1,200億円を投じて出資比率を過半に引き上げ子会社化し、2020年には公開買い付け(TOB)によって完全子会社化を果たしました。コロナ禍でコンビニ業態の変革が迫られるなか、非公開化によって意思決定を速める狙いがあったと報じられています。
「約6,000億円」——中国CITIC・タイCPグループとの資本提携
2014年、伊藤忠商事はタイの財閥CPグループと相互に株式を持ち合う資本提携を結びました。この関係を足がかりに、2015年、両社は中国の国有企業グループ・中国中信(CITIC)へ共同出資します。伊藤忠の負担額は約6,000億円にのぼりました。
中国政府が国有企業改革の一環として外資を受け入れる初めての案件でもあり、ダイヤモンド・オンラインはこれを「大きな賭け」と評しました。CPグループとは2025年に株式の相互持ち合いを解消しましたが、CITICを含めた業務提携そのものは継続しています。
初めての「商社三冠」
2020年度(2021年3月期)、伊藤忠商事は時価総額・株価・連結純利益のすべてで総合商社トップに立ち、創業以来初めての「三冠」を達成しました。同年度の純利益は4,014億円に達しています。
資源に頼らない非資源分野の強さが、この三冠達成の背景にあります。岡藤正広会長CEOは、達成の喜びに浸るのは発表当日だけだと述べ、慢心を戒めたと伝えられています。
非資源で挑む、過去最高益の更新
三冠達成のあとも、資源価格が上がる局面ではライバル各社に純利益で抜かれる年が続きました。伊藤忠商事はその間も非資源分野の強化を進め、システム開発を担う伊藤忠テクノソリューションズや、木質建材の大建工業、スポーツ用品のデサントといったグループ会社の収益力を高めていきます。
2024年度、伊藤忠商事の純利益は8,802億円となり、前年度比9.8%増の過去最高益を更新しました。資源高に沸く商社が多いなか、非資源分野を中心とした収益構造で首位に返り咲いた点が、この会社のいまを物語っています。
