1941年、新潟の地下に眠るガスを掘るため、国策会社が生まれた。 もう一つの流れは、インドネシアの海を目指した小さな探鉱会社だった。 二つの源流が合わさり、日本最大級のエネルギー開発企業INPEXになった。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約2.3倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
原油価格の変動が業績に直結しやすい会社です。2020年には価格急落で赤字に転じ、その後は資源価格の回復とともに過去最高益を記録しました。資源価格が業績を大きく揺らす構造を踏まえて数字を見る視点が参考になりそうです。
イクシスやアブダビのような巨大プロジェクトは、投資決定から生産開始まで長い年月がかかるのが特徴です。当期の投資判断は、数年後の生産量を左右する先行指標として読む視点が参考になりそうです。
国策会社「帝国石油」、新潟でガスを掘る宿命
1941年、政府は国内の石油鉱業各社の鉱業部門を一つにまとめ、帝国石油を設立しました。半官半民の国策会社としての発足です。
戦後の1950年、帝国石油株式会社法の廃止にともない民営化され、東京・大阪の証券取引所に株式を上場します。新潟や秋田で油田・ガス田の探鉱を重ね、1962年には新潟と東京を結ぶ国内初の長距離高圧天然ガスパイプラインを完成させました。この会社が、のちのINPEXの片方の源流になります。
インドネシアの海から始まった、もう一つの源流
帝国石油が国内で地盤を固めていたころ、海外に活路を求める動きも始まっていました。1966年、北スマトラ海洋石油資源開発株式会社という会社が設立されます。海外での石油資源の自主開発を目指す取り組みでした。
この会社はその後、社名をインドネシア石油資源開発、インドネシア石油と変え、1970年にはインドネシア・マハカム沖(東カリマンタン)でアタカ油田を発見しています。2001年には国際石油開発と名乗るようになり、「日本最大規模のエネルギー開発企業」へと育っていきました。
「南長岡」——国内生産の4割を支えるガス田
1979年、帝国石油は新潟県長岡市でガス田を発見します。南長岡ガス田と名付けられたこの地下4,000〜5,000メートルの大深度ガス田は、1984年に生産を開始しました。
パイプラインで甲信越や北関東の都市ガス事業者に供給されるこのガス田は、いまも国内天然ガス生産量の約4割を占めています。海外の大型プロジェクトに注目が集まりがちなINPEXですが、国内事業の足場は今も新潟にあります。
単独オペレーターという賭け、西豪州で見つけた巨大ガス田
1998年、国際石油開発は西オーストラリア沖の鉱区権益を取得しました。日本企業が海外の探鉱鉱区で単独のオペレーターを務めるのは、当時としては異例のことでした。
2000年に試掘を始め、2002年、巨大なガス・コンデンセート田を発見し「イクシス」と名付けます。埋蔵量は原油換算で約12億バレル。この発見が、のちにINPEX最大の収益源になるイクシスLNGプロジェクトの出発点になりました。
帝国石油と国際石油開発、67年の歴史が合流する
国内で歩んできた帝国石油と、海外で成長した国際石油開発。二つの会社は2005年、経営統合に向けた株式移転契約を結びます。2006年に共同持株会社を設立し、東証一部東京証券取引所の上場区分の一つ。2022年の市場再編で、上場企業はプライム・スタンダード・グロースの3区分に分けられた(それ以前は市場第一部・第二部やマザーズと呼ばれていた)。に上場しました。
2008年、持株会社は傘下の2社を吸収合併し、国際石油開発帝石株式会社として一つの会社になります。1941年に生まれた帝国石油は、67年の歴史に幕を下ろしました。国内と海外、二つの源流がようやく一つの川になった瞬間でした。
黄金株を持つ会社——経済産業大臣が拒否権を握る上場企業
INPEXの前身・国際石油開発は、かつて石油公団が保有していた拒否権付きの黄金株通常の株式を上回る特別な議決権を持つ株式。特定の重要事項に拒否権を持たせる場合などに使われる。を引き継いでいました。2005年に石油公団が解散した際、この黄金株は経済産業大臣に継承されます。
2006年に共同持株会社(国際石油開発帝石ホールディングス)が発足し、2008年に帝国石油と統合して国際石油開発帝石になったときも、この仕組みは維持されました(社名がINPEXになるのは2021年です)。経済産業大臣は現在も約22%の株式を保有する筆頭株主で、重要な経営判断に拒否権を持ちます。エネルギー安定確保という国策を背負いながら、東京証券取引所への上場を認められている珍しい会社です。
「震えるような投資決定」——イクシスLNG、340億ドルの賭け
イクシスの商業化には数兆円規模の投資が必要でしたが、一社で担いきれる規模ではありませんでした。国際石油開発帝石はフランスのトタルなどに権益の一部を譲り、パートナーシップを組みます。2010年には約5,200億円の大型増資も実施しました。
2012年、総事業費340億米ドルでの最終投資決定(FID)にこぎつけます。当時の北村俊昭社長は、決定の瞬間について「震えのようなものがあった」と振り返ったと報じられています。自己資本を上回る規模の投資に踏み切った決断でした。
1年半の遅れと7,000億円の上振れ、それでも動いたイクシス
豪州での労働者不足や雨季の影響で、イクシスLNGの建設は計画通りに進みませんでした。当初2016年末を予定していた生産開始は、約1年半ずれ込みました。投資額も計画から膨らみ、総事業費は当初の340億米ドルから約400億米ドルまで増えました。
それでも2018年、イクシスLNGはついに操業を開始します。年産能力はLNG約890万トン・LPG約160万トン。困難な工事を乗り越えたこのプロジェクトは、いまやINPEXの主力事業の一つに育っています。
「クラウンジュエル」を手にした日——アブダビの陸上鉱区権益
2015年、国際石油開発帝石は国際競争入札を経て、アブダビ陸上鉱区(旧ADCO)の権益5%を40年間にわたり獲得しました。アブダビ政府がこの鉱区を「クラウンジュエル」と呼んでいると報じられています。
同年、獲得した権益原油の第1船がアブダビのジャベルダンナ港を出港し、和歌山県の製油所に到着しました。大規模な油田権益の獲得は、日本企業としては久方ぶりの成果と報じられています。海上油田(ADMA)には1973年からすでに参加しており、陸上鉱区の権益獲得で中東での基盤がさらに厚くなりました。
1,117億円の赤字から、過去最高益への転換
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大で原油価格が急落しました。国際石油開発帝石は資産の減損を計上し、1,117億円の純損失という、上場後初めての赤字に転落します。
会社はその後、投資計画の見直しや株主還元方針の改定などで財務体質を見直しました。2021年に商号を株式会社INPEXに改め、資源価格の回復も追い風に、2022年には4,984億円という過去最高益を記録しています。一度の赤字は、その後の数字で塗り替えられました。
