工場でロボットや工作機械を動かす「頭脳」をつくる、縁の下の力持ちがファナックだ。 富士通の一部門から独立し、いまや工作機械とロボットで世界を制する。 長く沈黙を守ってきたこの黄色い企業が、2015年に動いた。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約1.6倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
投資家目線のポイント
ロボドリルの好調と急減速に象徴されるように、業績はスマートフォンや自動車など特定業界の設備投資サイクルに左右されやすい構造です。世界の工作機械需要や半導体・スマホ市場のニュースが、この会社の業績を読むヒントになるかもしれません。
かつて情報開示に消極的だったファナックは、2015年以降、株主との対話窓口を新設するなど姿勢を変えてきました。情報開示への向き合い方の変化は、この会社を見るうえで引き続き注目したい論点です。
富士通の一部門で、10年の赤字に耐えたNC開発
ファナックのNC(数値制御)事業は、もともと富士通信機製造(現・富士通)の社内プロジェクトとして始まりました。1956年に日本の民間企業として初めてNCとサーボの開発に成功しますが、市場はまだ育っておらず、黒字転換までに10年近くを要したと伝えられています。
独立系のベンチャー企業であれば存続すら難しかったであろうこの期間、ファナックの前身は富士通の通信機事業という安定した収益基盤に支えられ、技術と特許の蓄積に集中できたと分析されています。この時期に積み上げた技術基盤が、1972年の独立後にNC市場で優位に立つ土台になったと見ることもできます。
顧客と競合しない道——ロボットへの参入
1974年、ファナックはロボットを自社開発し、自社の工場に導入しました。それまでのファナックは工作機械メーカー向けにNC装置を供給する立場で、工作機械そのものをつくる事業には踏み込んでいませんでした。工作機械メーカーは自社の顧客でもあったからです。
ロボットという、当時はまだほとんど手つかずだった最終製品の領域を選んだことで、顧客との競合を避けながら事業を広げられたと見る向きもあります。この選択が、のちにファナックを「工作機械の頭脳」と「ロボット」の両輪を持つ企業に育てていきました。
「黄色い城」——木を一本も切らずに移った本社
1984年、ファナックは東京都日野市から山梨県南都留郡忍野村へ本社を移転しました。移転先は富士山麓、標高1,000メートルの森の中です。自然保護のため、森の木は一本も切らずにすべて移植したと伝えられています。
工場の建物の向きがまちまちなのは、なるべく移植する木を減らすためだったとされ、ロボットシステム工場の建設時には、大きな木とその下の腐葉土をまとめて300メートル移動させる大工事まで行われたと伝えられています。周辺52万坪の森は「ファナックの森」と呼ばれ、リスやシカといった野生動物も生息しています。
なぜ黄色なのか——「皇帝の色」「気違いの色」
ファナックのコーポレートカラーである黄色は、もともと富士通の一事業部だった時代に、部門ごとの報告書を区別しやすくするための色分けで割り当てられた色だったとされています。
実質的な創業者である稲葉清右衛門は、黄色を使う会社が少なく目立つ色であること、そして「皇帝の色」「気違いの色」「要注意の色」という複数の意味を持つことを気に入り、建物や制服、社用車から箸袋に至るまで徹底的に黄色を使うようになったと伝えられています。今もファナックのロボットの多くは黄色に塗られ、人と接触すると止まる協働ロボットだけは、ひと目で安全だとわかるよう緑色に塗り分けられています。
「IR不全」と呼ばれた沈黙、株主対話への転換
2011年、ファナックは日本語版ウェブサイトを半年近く閉鎖し、決算説明会も中止しました。電子メールはほとんど使わずファックスで業務を行い、IR(投資家向け広報)部門もないという徹底ぶりで、2013年の会社四季報では「IR不全」という見出しがつけられています。ある海外投資家は、経営陣への接触を認めない傾向が他の大多数の企業よりも際立っていたと振り返っています。
転機は2015年でした。「物言う株主」として知られる米ヘッジファンド、サード・ポイントのダニエル・ローブ氏がファナック株の保有を公表し、1兆円を超える手元資金を使った自社株買いを要求します。ファナックは新設した株主対話窓口(SR部)を通じて19の機関投資家から意見を聞き、配当性向を30%から60%へ倍増させ、配当と自社株買いを合わせて利益の最大80%を株主に還元する方針を打ち出しました。半年もウェブサイトを閉じていた企業が、外部からの一撃をきっかけに対話へと動いた出来事でした。
創業家の退場と、経営体制の若返り
2013年、実質的な創業者である稲葉清右衛門は、経営本部長・研究本部長、そしてファナックの名がつく国内グループ会社の代表の座を相次いで退きました。相談役名誉会長の肩書は残したものの、経営の第一線からは退いたと報じられています。
同じ年、ファナックは社外取締役を導入し、清右衛門の孫にあたる稲葉清典が35歳の若さで取締役に就任しました。創業以来のワンマン経営から、より開かれた経営体制へと切り替わっていく節目の年でした。
買収からわずか数か月、「CORO」の生産中止
2018年、ファナックは協働ロボットを開発するベンチャー企業、ライフロボティクスの全株式を買収し、完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しました。買収の目的は、ライフロボティクスが持つ「肘のない」独自構造のロボットアーム技術と、ファナックの量産技術を組み合わせることでした。
ですが買収からわずか数か月後、ファナックはライフロボティクスの主力製品「CORO」の生産を中止すると発表します。ファブレス自社で工場を持たず、企画・開発に経営資源を集中する事業形態。のベンチャーだったライフロボティクスには量産の経験や品質管理の体制がなく、すでに納入していた製品にも不具合が多く発生していたためだとされています。ファナックは販売済みの製品をすべて回収し、自社製品への無償交換に応じました。法人としてのライフロボティクスもその年のうちに解散しています。信頼性を改善したうえでの再投入を目指すとされていますが、時期は明らかにされていません。
iPhoneが生んだ好況と、6割減益の反動
2011年、ファナックは中国のEMS他社ブランドの電子機器を受託して製造する企業、またはその事業形態(電子機器受託製造)。(電子機器受託製造)企業向けに、スマートフォンの金属ケース加工に使う小型切削機「ロボドリル」の増産を決め、年間457億円という大型投資に踏み切ったと報じられています。ロボドリルの販売はその後数年にわたってファナックの業績を押し上げました。
ところが2019年、iPhone向けの需要が減退すると、ファナックは同年3月期の決算で6割の減益を発表しています。汎用品市場の独占によって安定した収益を築いてきたファナックにとって、特定の顧客・特定の製品に依存することのリスクが表面化した出来事でした。その後は工作機械やロボットの需要回復とともに、業績は持ち直していきました。
酒好きの技術者、「稲葉虎右衛門」
NC装置の生みの親である稲葉清右衛門は、大の酒好きとして知られていました。富士通の計算制御技術部長だった時代には、飲みすぎて橋から転落したことがあるという逸話も伝えられています。
その酒豪ぶりは業界でも有名で、東京工業大学の中田孝からは「稲葉”虎”右衛門さん」と評されたと本人が語っています。研究開発に人生をかけた技術者でありながら、こうした人間くさい一面も持ち合わせていた人物でした。
