スイスの製薬大手ロシュの傘下にありながら、東証プライム東京証券取引所の上場区分の一つ。2022年の市場再編で、上場企業はプライム・スタンダード・グロースの3区分に分けられた(それ以前は市場第一部・第二部やマザーズと呼ばれていた)。への上場を続ける中外製薬。 看板薬「アクテムラ」は、新型コロナの重症肺炎治療薬としても承認された。 外資の傘下でも、経営の独立を守り続ける日本発の抗体医薬品メーカーだ。
創業から現在へ — ストーリー
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
中外製薬の業績は、ロシュ向けの輸出やロイヤルティ収入に左右される面があります。中外の薬が海外でどれだけ売れているかが、国内の決算にも直接跳ね返ってくる構造だと理解しておくとよさそうです。
抗体医薬品は独自技術と特許に支えられた高収益事業ですが、特許が切れれば後発品に置き換わっていきます。実際にアバスチンのように主力品の売上が薬価改定と後発品浸透で縮むケースも起きており、次の柱をどれだけ育てられるかが焦点になりそうです。
「中外」という社名——上野十藏が震災後に込めた願い
1923年の関東大震災は、東京の医薬品供給を大きく揺るがしました。薬が足りなくなる現場を目の当たりにした上野十藏は、「世の中の役に立つくすりをつくる」という思いを固めます。
2年後の1925年、上野はドイツの製薬会社ゲーヘ社の輸入代理店として「中外新薬商会」を創業しました。社名の「中外」は国内と国外という意味で、「やがては日本の医薬品も海外に出したい」という上野の願いが込められています。輸入代理業から始まった小さな商会が、のちに世界110カ国以上で薬を届ける会社になるとは、当時は誰も想像していなかったはずです。
戦災で本社も工場も失った日
1944年、戦災によって中外製薬は本社と主要工場を焼失しました。創業から約20年で積み上げてきた設備の多くを、一度に失う出来事でした。
それでも会社は歩みを止めませんでした。終戦からわずか数か月後の1945年末には高田工場を復興させて生産を再開し、福島県には新たに鏡石工場を建設します。1947年にはグルクロン酸合成の工業化に成功し、栄養剤「グロンサン」を世界へ輸出する体制まで整えました。焼け跡からの再建は、1954年の株式公開、翌1955年の東京証券取引所上場へとつながっていきます。
大阪大学との共同研究——アクテムラの22年
中外製薬とアクテムラの物語は、1983年の大阪大学との共同研究から始まります。当時研究対象だったのは、インターロイキン6(IL-6)という物質の働きを抑える抗体でした。
すぐに薬になったわけではありません。研究から22年後の2005年、ようやく関節リウマチ治療薬「アクテムラ」として発売にこぎつけます。国産初の抗体医薬品でした。地道な基礎研究の積み重ねが、長い時間をかけて一つの新薬に結実した例です。
「自主独立経営は絶対条件」——永山治とロシュの選択
1992年に社長へ就任した永山治は、深刻な危機のさなかにいたわけではありませんでした。永山自身「足元の経営が傾いていたわけではありません」と振り返っています。
ですが、新薬開発費は年々増える一方で成功確率は下がり続け、国内の薬価も下がっていく——永山はこの構造的な課題を放置すれば、いずれ立ち行かなくなると考えました。新薬を生み出せるかどうかが製薬会社の生命線だと捉え、中外製薬を国際化させ、世界で戦える企業にすることを決意します。提携先を検討するなかで、組織風土や経営環境の認識、期待されるシナジーを比較し、「ロシュが最適」と判断しました。ただし、譲れない条件が一つありました。「自主独立経営は絶対条件」という原則です。
ロシュ傘下でも上場を維持する、という異例の契約
2001年、中外製薬はロシュとの戦略的アライアンスを締結し、翌2002年、ロシュは中外製薬の発行済株式総数の過半数を取得しました。ですが、そこには一般的な買収とは違う設計がありました。
社名も代表者も変わらず、東京証券取引所への上場も維持されたのです。ロシュは日本・韓国を除く海外で中外の製品を開発・販売する第一選択権を持ち、中外はロシュが日本で販売を決める製品の開発・販売の第一選択権を持つ——ロシュ(スイス)・ジェネンテック(米国)・中外(日本)がネットワークとしてつながる、当時としては新しい経営モデルでした。現在、ロシュの持ち株比率は59.89%まで上がっていますが、2012年以降は東京証券取引所プライム市場での上場維持にロシュが協力するという条件も加わっています。
OTC事業を手放し、医療用医薬品に懸ける
2004年、中外製薬は一般用医薬品(OTC)事業をライオンへ譲渡すると発表しました。ドリンク剤や殺虫剤など、長年親しまれてきた事業でした。
中外製薬はこの譲渡を、コア事業である医療用医薬品事業を大幅に強化するための決断だったと説明しています。事業を絞り込んだことで、その後の研究開発投資は医療用医薬品、とりわけ抗体医薬品の分野に集中していくことになりました。
「リサイクリング抗体」——1つの抗体が何度も効く発明
通常の抗体医薬品は、標的に一度結合すると役目を終えます。中外製薬が2010年にネイチャー・バイオテクノロジー誌で発表した「リサイクリング抗体」技術は、この常識を変えました。
抗体にpH依存的な性質を持たせることで、1つの抗体分子が繰り返し標的に結合できるようにする技術です。効果が長く続くため、少ない投与量・少ない投与回数で治療できるようになり、患者が自宅で皮下投与できる薬も生まれました。この技術は2026年、全国発明表彰の最高位である恩賜発明賞を受賞しています。
バイスペシフィック抗体「ヘムライブラ」——血友病治療の新しい形
リサイクリング抗体に続いて中外製薬が確立したのが、1つの抗体で2つの異なる標的に結合する「バイスペシフィック抗体」技術です。
この技術を応用した血友病治療薬「ヘムライブラ」は、2017年に米国で承認を取得し、2018年に欧州でも承認・発売されました。独自の抗体エンジニアリング技術を積み重ねてきたことが、新しいタイプの治療薬を生み出す力になっています。
アクテムラが、新型コロナの薬になった日
関節リウマチの薬として15年以上使われてきたアクテムラに、新しい役割が加わったのは新型コロナウイルスの感染拡大がきっかけでした。ロシュが実施した海外の複数の臨床試験や、日本国内のJ-COVACTA試験の結果、SARS-CoV-2感染症の患者でアクテムラ投与による死亡率の低下が確認されます。
2021年に欧州で重症COVID-19治療薬として承認され、2022年には日本でも、酸素投与を要する肺炎患者への使用が承認されました。関節リウマチ治療薬として生まれた抗体医薬品が、世界的な感染症対策の一角を担うことになったのです。中外製薬はその後もがん・血液・自己免疫の各領域で新薬を送り出し続けており、2025年12月期には9期連続の増益を記録しています。
