1926年、大原孫三郎が興した岡山・倉敷のレーヨン工場から、この物語は始まった。 世界初の国産合成繊維ビニロンを生み出し、人工皮革やガスバリア樹脂へと枝分かれさせながら、 クラレは他社が作れない素材にこだわり続けている。
創業から現在へ — ストーリー
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
クラレは海外に生産・販売拠点を広げ、海外向けの売上が大きな比重を占める会社です。米国工場では2018年に火災事故が、2025年にも設備故障が起きており、海外拠点の稼働状況が業績に影響を与えやすいという構造は続いています。
祖業のレーヨンから、ビニロン・クラリーノ・エバール・活性炭と、新しい主力事業を重ねて生み出してきました。どの事業が今の稼ぎ頭になっているかを見る視点が、この会社を理解するうえで参考になりそうです。
大原孫三郎——レーヨン国産化を目指して倉敷絹織を創立
大原孫三郎は、レーヨンの国産化という新しい事業に乗り出しました。1926年、岡山県倉敷市に「倉敷絹織株式会社」を設立し、1928年には倉敷工場でレーヨンの生産を始めています。
1930年代を通じて新居浜・西条・岡山へと生産拠点を広げ、1938年にはレーヨンの設備能力が戦前のピークに達しました。倉敷の一企業として生まれたレーヨン事業は、こうして化学繊維メーカーとしての基盤を築いていきます。
「倉敷航空化工」——戦時下で木製飛行機を作った時代
1939年、創業者の長男である大原總一郎が社長に就任しました。ですが、その後の時代はレーヨン会社にとって平穏ではありませんでした。戦時体制が強まった1943年、会社は社名を「倉敷航空化工株式会社」に改め、合板や木製飛行機の生産を担うことになります。
終戦後の1945年に社名を元へ戻し、1948年にレーヨンの生産を再開しました。繊維会社が一時、飛行機を作っていたという事実は、この会社が歩んできた時代の厳しさを物語っています。
「一企業の利益のためではなく」——大原總一郎、日銀総裁への直談判
京都帝国大学の桜田一郎教授らが1939年に生み出した合成繊維は、戦後研究が再開され、1948年に「ビニロン」と名付けられました。1949年、商工省はビニロンの集中生産会社に倉敷レイヨンを選びますが、量産には巨額の資金が必要でした。
大原總一郎は約14億円の資金調達のため日銀総裁に直談判し、「一企業の利益のためではなく、日本の繊維産業復興のため」と説いて、15行による協調融資を実現させたといいます。同じ1949年、試験生産品は東京・三越本店で展示即売され、吉田茂首相ら要人も会場を訪れました。1950年、世界初の国産合成繊維としてビニロンの本格生産が始まっています。
「星割れ」——クラリーノ、発売直後の大量返品
1961年頃から倉敷研究所で人工皮革の開発が始まりました。混合紡糸した繊維から一方の成分だけを抜くという発想が転機となり、〈クラリーノ〉が生まれます。1964年にテスト生産、1966年に岡山工場で量産を始めました。
ですが、操業開始直後から1日に数百足のペースで靴が返品される事態になります。汗に含まれるアルカリ性の成分がウレタン樹脂を劣化させ、ひび割れる「星割れ」という不具合が原因でした。技術と品質を全面的に見直した結果、クラリーノはその後、靴に加えてランドセルなど幅広い分野に用途を広げています。
「止めさせるのは1年先でよい」——エバール、15年開発を支えた社長の一言
1957年、クラレはポバール樹脂を改質してプラスチック化する基礎研究を始めました。ですが量産化には多額の投資が必要で、研究チームは当初30名から人数を減らし、フィルム用途の開発チームは一時2名にまで縮小します。
転機は1967年でした。社長の大原總一郎は「止めるのは簡単ですが、将来の企業体系を考慮し、止めさせるのは1年先でよい」と指示し、研究の継続を後押ししました。翌68年に商品化のめどが立ち、1972年、ガスバリア樹脂〈エバール〉の工業化が実現しています。基礎研究の開始から15年がかりの事業化でした。
社名を「クラレ」に——倉敷レイヨンからの脱皮
1970年、会社は社名を「倉敷レイヨン」から「株式会社クラレ」に改めました。
祖業のレーヨンから離れ、ビニロンやクラリーノ、その後のエバールへと事業の幅を広げていくなかで、レーヨンの名を冠した社名は、事業の実態と少しずつ距離ができていました。「クラレ」への改称は、多角化した化学メーカーとしての姿を映す区切りとなりました。
1,200億円——活性炭世界最大手を丸ごと取り込む
クラレは2017年、米国の活性炭最大手カルゴン・カーボン社の買収に合意しました。カルゴンは石炭や木材由来の活性炭に強く、世界7カ国に生産拠点を持つ企業です。
買収額は約1,200億円、2018年に全株式の取得が完了し、完全子会社になりました。クラレはビニルアセテート・イソプレンに次ぐ「3つめの柱」に炭素材料事業を育てる方針を掲げ、水処理や排ガス処理向けのニッチ市場でのトップ獲得を目指しています。
米国工場火災——23人の負傷者と、5年越しの決着
2018年、米国テキサス州にあるクラレアメリカの〈エバール〉工場で火災が起きました。米政府の化学安全委員会(CSB)の調査によると、定期修理後の再稼働作業中に誤操作でエチレンが異常低温になり、その後の加熱で圧力が急上昇して緊急放出系統が作動、23人の請負作業員が負傷しています。
160人を超える外部委託作業員らが提訴し、クラレは2019年から2020年にかけて複数回に分けて和解を重ねました。特別損失の計上は段階的に膨らみ、2020年12月期には追加の169億円を含めて業績を圧迫し、同期の連結純利益予想は150億円の黒字からゼロへ下方修正されています。
