1673年、江戸に生まれた呉服店「越後屋」が、長い時を経て三越になった。 1886年創業の伊勢丹と2008年に経営統合したものの、名前は対等でも中身は伊勢丹主導だった。 地方店の閉店とコロナ禍の赤字を経て、いまは訪日客の高額品消費が最高益を支えている。
創業から現在へ — ストーリー
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
三越伊勢丹HDの業績は、訪日客の消費動向や高額品需要という外部要因に左右されやすい面があります。主要店の顧客に占める中国からの訪日客の比率が下がり、他のアジア地域が伸びるなど客層の構成も変わってきており、その動きを見ておく視点が参考になりそうです。
伊勢丹新宿本店・三越日本橋本店の周辺で計画されている5000億円規模の不動産再開発は、着工から収益化まで長期にわたるプロジェクトです。百貨店事業とは異なる時間軸で進む投資であることは、意識しておきたい点です。
デパートメントストア宣言——日本初の百貨店への転換
1904年、株式会社に改組され「三越呉服店」として再出発しました。翌1905年、全国の主要新聞で「デパートメントストア宣言」が掲載され、日本初の百貨店としての歴史が始まります。「店前現銀掛値なし」など革新的な販売方法を導入し、呉服を一般市民にも購入しやすくしました。
1914年に落成した新店舗には、ライオン像が据えられました。
「伊勢屋丹治呉服店」から新宿の百貨店へ
伊勢丹の起源は1886年、初代小菅丹治が東京・神田で開いた呉服店「伊勢屋丹治呉服店」です。「帯と模様の伊勢丹」との評判を得た人気店でしたが、店を百貨店へと進化させたのは、婿養子として迎えられた2代目小菅丹治でした。
1924年、関東大震災を経て百貨店形式に転換し、1930年には株式会社伊勢丹に改組します。1933年、新宿本店を開店しました。三越が江戸から続く老舗である一方、伊勢丹は明治生まれの呉服店から、震災後という近い時代に百貨店へと生まれ変わった会社でした。
「なぜだ」——岡田茂社長、取締役会での電撃解任
1972年に三越社長へ就任した岡田茂は、10年間にわたって同社に君臨し「岡田天皇」と称されました。しかし自宅の改修費を会社に負担させたり、親しい女性の経営する店を優遇させたりする公私混同が目に余るようになり、腹心だったはずの部下たちの反乱を招きます。
1982年、取締役会の会議中、議長が岡田社長から専務に交代した直後、専務が社長解任を提案しました。出席した取締役は起立して賛意を示し、岡田を除く全員の賛成で解任が決議されます。岡田はその後、特別背任の容疑で逮捕され、実刑判決を受けています。
名前は対等、中身は伊勢丹主導——2008年統合の実態
2007年、当時業界4位だった三越と5位の伊勢丹は経営統合を発表しました。2008年、持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」が発足し、伊勢丹の武藤信一社長が会長兼CEOに就任します。武藤氏は統合の狙いについて「10~20年先も顧客満足にかなう施策をスピードを持って実行するには、規模の力を持つ必要があると判断した」と述べました。
ですが統合の中身は対等ではありませんでした。経営戦略・営業政策の基幹部門トップは伊勢丹出身の2人の専務が占め、商品政策の統括部長にも伊勢丹出身者が就きます。三越から伊勢丹側への人材派遣は府中店の店長のみにとどまりました。売り場の呼び方も伊勢丹の「お買い場」に統一されるなど、商品面では伊勢丹主導になったと取引先は証言しています。当時、三越の連結売上高は前期比1.9%減、連結営業利益は29.2%減と、統合前の経営危機の深刻さを数字が示していました。
千葉と松戸、閉じた二つの店
郊外店の苦戦は、統合後も続きました。三越千葉店は1991年度に507億円あった売上高が2015年度には126億円まで落ち込み、そごう千葉店の開業などで競争が激しくなったことも重なって、2017年、33年の歴史に幕を下ろしました。
伊勢丹松戸店も、ピークの1997年3月期に336億円あった売上高が2017年3月期には181億円まで半減していました。松戸市は店舗の一部を市施設として借り上げる支援策を検討しましたが、市議会で予算案が否決され、2018年の閉店が決まります。郊外の大型ショッピングセンターとネット通販の広がりが、地方・郊外の百貨店に共通する重荷になっていました。
419億円の下押し——新型コロナで最終赤字に転落
2020年3月期、三越伊勢丹HDは新型コロナウイルスの感染拡大で111億円の最終赤字に転落しました。前の期は134億円の黒字だったため、大きな反転です。売上高は6%減の1兆1191億円となり、コロナの下押し影響は419億円にのぼりました。インバウンド需要の急減、暖冬による衣料品販売の不振、店舗の減損処理も重なっています。
赤字の背景には、地方店や高級スーパー「クイーンズ伊勢丹」の店舗減損もありました。2019年の消費増税と暖冬で地方の購買意欲が落ち込んでいたところに、コロナ禍が追い打ちをかけた形です。2021年3月期の業績予想は「未定」とされ、先の見通しが立たない状況に置かれました。
インバウンドと高額品——訪日客が支えた統合後最高益
コロナ禍を抜けると、三越伊勢丹HDの業績は一変します。2023年度、三越伊勢丹計単体のインバウンド売上高は872億円となり、コロナ前ピークの2018年度比で44%増となりました(国内百貨店業界全体では過去最高の1088億円)。主要3店の顧客の国別シェアは、2018年度の中国74%・アジア地域21%から、2023年度は中国40%・アジア地域49%へと変化しています。
2024年4~9月期の連結決算では、純利益が前年同期比71%増となり、4~9月期としては13年ぶりの最高益を更新しました。時計・宝飾品などの高額品販売が堅調で、伊勢丹新宿本店の総売上高は前年同期比16%増。営業利益・純利益ともに2008年の統合以降で最高益となっています。
5000億円の賭け——新宿・日本橋の複合再開発
好業績を追い風に、三越伊勢丹HDは次の一手を打ち出しました。伊勢丹新宿本店と三越日本橋本店の周辺で、商業施設・ホテル・オフィスを組み合わせた複合型の再開発事業を計画しています。
投資規模は5000億円にのぼる見通しで、2030年度ごろから最長15年程度をかけて進める計画です。2031年3月期をめどに伊勢丹新宿本店を中心に順次着工するとみられ、本業の百貨店事業で売上高1000億円規模の押し上げ、不動産事業や関連子会社の収益を含めて営業利益で年200億円以上の底上げが見込まれています。呉服店から百貨店、そして持株会社へと形を変えてきたこの会社は、今度は不動産という新しい柱を育てようとしています。
