1804年、江戸・神田で大工が開いた店が、いまの大手建設会社、清水建設の始まりだった。 やがて麻布台ヒルズのような超高層ビルを建て、月の建設まで構想する会社になった。 談合事件と上場来初の赤字を経験しながらも、そのつど現場に戻ってきた。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約1.3倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
清水建設は公共工事より民間工事の比率が高い建設会社です。民間工事には資材価格の変動を転嫁しやすい仕組みが浸透していないため、資材高騰の局面では利益が急に落ち込みやすい構造があります。2024年3月期の営業赤字は、そうした事情が表面化した例と見ることもできそうです。
大型公共工事を巡っては、業界大手が関わる談合事件のような法令順守リスクも起こり得ます。受注の背景にどんな競争環境があったのかを、決算とあわせて見る視点も参考になりそうです。
「清水屋」——21歳の大工が神田に開いた店
越中(現在の富山県)の農家に生まれた清水喜助は、大工を志して日光山で修行しました。1804年、21歳で江戸に出て、神田鍛冶町の裏店で大工業を開業します。清水建設はこの年を創業年としています。
喜助は「清水屋」の屋号を掲げ、丹後宮津藩お抱えの大工として力をつけていきました。1838年には江戸城西ノ丸の造営工事を請け負い、幕府からの信用も得ています。一人の大工が開いた小さな店が、200年以上続く会社の出発点でした。
築地ホテル館——ちょんまげの大工が建てた西洋ホテル
初代喜助の跡を継いだ二代目喜助は、1868年、江戸幕府が計画した外国人向けホテル「築地ホテル館」で、米国人建築家リチャード・P・ブリジェンスの基本設計をもとに、実施設計と施工を担当します。
完成した建物は、日本の伝統的ななまこ壁に、西洋建築の煙突やベランダを組み合わせたものでした。暖炉や水洗トイレを備えた客室が100室を超えていたといい、宿泊した外国人からも評判を呼んだと伝えられています。刀を差していた時代の職人が、見たこともない西洋建築を形にした一棟でした。
三野村利左衛門の紹介——二代喜助と渋沢栄一の出会い
二代喜助と三井家の縁は、小さな仕事から始まりました。1863年、横浜に進出した三井両替店のために小神殿を手がけたことがきっかけで、三井家の番頭・三野村利左衛門に見込まれます。その紹介で、二代喜助はのちに清水組の相談役となる渋沢栄一と知り合いました。
三井家とのつながりは長く続き、築地ホテル館や第一国立銀行など、明治初期の近代建築の多くの仕事を清水にもたらしました。1887年、渋沢栄一は正式に相談役へ就任し、清水は「民間建築工事」を営業の柱に据えます。一つの縁が、幕府や藩の仕事に頼っていた店を、民間中心の会社へと導きました。
3,500人——焼け跡で仕事を再開した終戦の翌日
1945年、日本は戦争に敗れました。その終戦の翌日、清水建設(当時・清水組)は本社で業務を再開しています。集まった社員は約3,500人でした。
空襲で焼け野原になった街を前に、この会社はすぐに仕事を始めました。1948年には社名を「清水建設株式会社」に改め、外部資本も受け入れています。
12億円の課徴金——リニア新幹線談合と120日間の停止
2015年ごろから、清水建設を含む大手建設会社4社は、リニア中央新幹線の品川駅・名古屋駅の工事で受注する会社をあらかじめ決め合っていました。他社が高めの見積価格を出すことで、競争が制限される仕組みでした。
2018年、検察は法人としての4社を独占禁止法違反で起訴します。清水建設は東京地裁で罰金1億8千万円の判決を受けました。公正取引委員会には自主申告をしたことで、課徴金は本来より減額され約12億円になっています。それでも2019年には、国土交通省から120日間の営業停止処分を受けました。
246億円の赤字——上場以来で初めての営業損失
2024年3月期、清水建設は246億円の営業赤字を計上しました。1961年に株式を店頭公開して以来、初めての通期営業赤字です。原因は資材価格の高騰と、価格競争が激しくなった大型工事の採算悪化でした。工期の長い建築工事では、見積もり段階と実際の工事費が大きくずれてしまい、損失を穴埋めできなかったのです。
翌2025年3月期、清水建設は営業利益710億円まで回復しました。純利益は前の期の3.8倍に伸び、配当も増やしています。国内の建築・土木工事の施工が順調に進み、完成工事高が想定を上回ったことに加え、国内土木工事の採算が改善したことが主な要因でした。
月の砂をつくる会社——1987年から続く宇宙開発
清水建設は1987年、建設業界で初めて「宇宙開発プロジェクト室」を社内に設けました。翌年には、コンクリートでつくる月面基地の構想を発表しています。
その後も月の土壌に見立てた「月土壌シミュラント」を製造・販売するなど、地道な研究を積み重ねてきました。現地にある資源を使い、遠隔操作で組み立てるという発想が一貫しています。宇宙開発事業は、2018年には小型ロケット会社スペースワンの共同設立にもつながりました。
「ルナリング」——月を回る巨大太陽光発電という構想
2009年、清水建設は「ルナリング」という構想を発表しました。月の赤道をぐるりと囲む太陽光発電施設をつくり、そこで得た電力を地球に送るという壮大な計画です。
清水建設はこうした構想を1980年代から発表し続けています。宇宙ホテルや月面基地もその一つで、実際のビル建設で培った技術を、地球の外に応用するという発想が一貫しています。
あおみ建設への250億円——手薄だった海洋土木を埋める一手
2026年、清水建設は海洋土木大手のあおみ建設を約250億円で買収すると発表しました。あおみ建設は海洋土木工事や地盤改良工事を主力とする会社です。
清水建設にとって海洋土木は手薄だった分野でした。買収の狙いは、洋上風力発電のような成長分野に備えることです。2段階の第三者割当増資を経て、2026年中に完全子会社化する計画になっています。創業から200年以上たったいまも、清水建設は買収という形で新しい現場を広げ続けています。
