東京スカイツリーや東京駅を手がけたゼネコン、大林組。 1892年、大阪の紙工場工事の落札から始まった。 談合事件で経営体制を刷新した過去を持ちながら、いまも日本の風景をつくり続けている

01

創業から現在へ — ストーリー

1892 — 1918
大林芳五郎、大阪で「大林店」を開業
1892年、大林芳五郎は阿部製紙所の工場建設を落札し、大阪で「大林店」を開業しました。19歳のときに土木建築請負業への転身を志し、修業を積んだすえの創業でした。1904年に店名を「大林組」に改め、1911年には東京中央停車場(現在の東京駅)の建設を受注します。辰野金吾設計の名建築を手がけたことで、大林組は全国区の請負業者としての地位を確立しました。1918年、株式会社大林組が誕生しています。
1930 — 1931
市民の寄付で、大阪城天守閣がよみがえる
1928年、大阪市は昭和天皇の即位記念として大阪城天守閣の再建を決めましたが、市民からの寄付は目標の430万円に届きませんでした。そこで当時の大林組社長・大林義雄は「これは大阪市民全体の大事業」だとして、380万円という金額で工事を請け負う契約を結びます。天守閣は1931年に完成し、鉄骨鉄筋コンクリート造の復興天守になりました。
1958 — 1979
証券取引所への上場と、海外への一歩
1958年に大阪証券取引所、1960年には東京証券取引所に上場しました。1965年には技術研究所を開設し、本格的な海外進出を始めています。1970年の大阪万博では会場施設の建設を担当し、1979年には米国で公共工事を初めて受注しました。国内の看板工事と並行して、海外へも足場を広げていった時期です。
1998 — 2012
明石海峡大橋、六本木ヒルズ、東京スカイツリー
1998年、大林組を含むJVが橋台工事を担った明石海峡大橋が開通しました。全長3,911mの、当時世界最長のつり橋です。2003年には鹿島建設とのJVで六本木ヒルズ森タワーを完成させ、2012年には高さ634mの東京スカイツリーを竣工させました。狭い敷地でのべ58万人が関わった難工事でした。
2010
ドバイの鉄道工事で、上場来初の赤字に
大林組は中東・ドバイの鉄道システム「ドバイメトロ」の建設に参画していましたが、発注者との設計変更や契約解釈の相違で工事原価が膨らみました。2010年3月期、連結経常損益は640億円の赤字となり、1958年の上場以来はじめての赤字決算になっています。工事は最後まで完了させ、その後は中東事務所を新設し、地域での事業を続けました。
2017 — 2019
リニア中央新幹線談合事件と経営体制の刷新
2017年、大林組はリニア中央新幹線の新駅工事をめぐる独占禁止法企業同士の不当な競争制限やカルテル、行き過ぎた企業結合を規制する法律。違反の疑いで捜索を受けました。2018年、社長を含む経営体制を一新し、同年の判決で罰金2億円を科されています。大林組は違反行為を自主申告しており、清水建設と合わせ約43億円の課徴金が命じられました。2019年には第三者委員会の提言に沿ってコンプライアンス体制を再構築しています。
2016 — 2025
熊本城の復旧と、過去最高水準の業績へ
2016年の熊本地震で天守閣や石垣が大きく損壊した熊本城について、大林組は復旧整備事業の優先交渉権者に選ばれ、独自の免震技術も使いながら2021年に地震前の姿へ復旧させました。2025年3月期の連結決算では、売上高が2兆6,201億円、営業利益は前期比80%増の1,434億円となっています。
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
国内建築事業
国内のさまざまな建物を手がける事業です。受注全体の中心を占める柱で、都市部の再開発や大規模な建て替えなど規模の大きい案件を数多く手がけています。
柱 02
土木事業
トンネル・橋梁・ダム・鉄道・高速道路など、社会インフラをつくる事業です。近年は新しく建てるだけでなく、老朽化したインフラの維持・更新にも力を入れています。
柱 03
海外建設事業
東南アジア・北米・オセアニアを中心に、建築・土木の両方を手がける事業です。半世紀以上かけて築いた現地拠点を生かし、海外の建設需要を取り込んでいます。
柱 04
開発事業
都心部を中心に賃貸不動産を開発・保有し、私募ファンドなどを活用して売却する事業です。都市再開発にも事業協力者として関わり、建設で培った技術を街づくりに生かしています。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のポイント

建設業は受注してから売上に計上するまでに数年かかる特性があります。大林組の受注高は、数年後の売上や利益を映す先行指標として読む視点が参考になりそうです。

海外工事は、発注者との設計変更や契約解釈の違いから、想定外の損失につながるリスクがあります。ドバイメトロ工事のような事例は、海外比率が高い時期ほど業績が振れやすくなる可能性を示しています。

「阿部製紙所」——19歳の見習いが起業するまで

大林芳五郎は1864年に大阪で生まれ、11歳で呉服店に奉公に出ました。18歳で独立したものの、店はわずか半年で畳んでいます。

19歳のとき、芳五郎は土木建築請負業への転身を志し、請負業者のもとで修業を積みました。東京遷都にともなう皇居造営工事にも携わり、専門知識を身につけたとされています。1892年、阿部製紙所の工場新設工事の落札に成功し、大阪で「大林店」を開業しました。

東京駅を手がけ、全国区の請負業者になる

1904年、大林店は「大林組」に名前を改めました。転機は1911年です。辰野金吾が設計した東京中央停車場、のちの東京駅の建設を指名で受注しました。

この工事を完成させたことで、大林組は大阪の一地方業者から、全国に知られる請負業者へと地位を上げています。同じ年、大阪電気軌道からは当時の複線トンネルとして日本最長だった生駒隧道の工事も受け負いました。

「市民の寄付」で完成した大阪城天守閣

1928年、大阪市は昭和天皇の即位を記念して大阪城天守閣の再建を決めましたが、財政難で予算がありませんでした。市民からの寄付は目標の430万円に届かず、計画は行き詰まります。

ここで動いたのが、当時の大林組社長・大林義雄でした。「これは大阪市民全体の大事業」だとして、380万円という金額で工事を引き受ける契約を結んでいます。天守閣は1931年に完成し、鉄骨鉄筋コンクリート造の復興天守として、いまも大阪のシンボルであり続けています。

明石海峡大橋、世界最長のつり橋を支えた基礎

1998年に開通した明石海峡大橋は、全長3,911mの世界最長のつり橋でした(2022年にトルコの橋に抜かれるまで)。大林組を含むJVは、神戸側の橋台にあたる「1Aアンカレイジ」の工事を担当しています。

アンカレイジは、吊り橋のケーブルが引っ張る巨大な力を地盤に伝える構造物です。直径約85m、深さ約63.5mという巨大な空間をコンクリートで満たす工事でした。1995年の兵庫県南部地震で地盤がずれ、橋の全長が図らずも約1m伸びるという出来事もありました。

六本木ヒルズ森タワー、都心再開発の象徴

2003年、大林組は鹿島建設とのJVで六本木ヒルズ森タワーを完成させました。地下6階地上54階、高さ241mの超高層ビルです。

オフィス・商業施設・住宅・文化施設などを一体で整備する大規模な再開発構想を、施工の面から支えた工事でした。以後、大林組は都心の大型再開発案件を数多く手がけるようになっています。

東京スカイツリー、634mの建設中に起きた震災

2008年に着工した東京スカイツリーは、東京タワーの4分の1という狭い敷地に、高さ634mのタワーを建てる難工事でした。地下深部の杭打ちには「ハイブリッド地下工法」、中心の心柱には「スリップフォーム工法」を採用し、垂直精度を保ちながら工期を縮めています。

2011年、高さ625m付近までリフトアップ作業が進んでいたさなか、東日本大震災が発生しました。作業員にけがはなく、翌年、タワーは無事に竣工しています。建設に関わった人数は、のべ58万人にのぼりました。

「640億円」の赤字——ドバイメトロ工事でのつまずき

大林組は、ドバイの都市交通システム「ドバイメトロ」の建設に、5社コンソーシアムの一員として参画していました。ですが、発注者との設計変更や契約解釈の違いから工事原価が膨らみ、増額は認められませんでした。

2010年3月期、連結経常損益は640億円の赤字となり、1958年の上場以来はじめての赤字決算になっています。それでも大林組は工事をやり遂げ、2011年にはグリーンラインが開業しました。工事終了後は中東事務所を新設し、地域での事業を続けています。

リニア中央新幹線談合事件——経営体制の刷新

2017年、大林組はリニア中央新幹線の新駅工事をめぐり、独占禁止法違反の疑いで捜索を受けました。受注予定業者をあらかじめ決め、見積価格の内訳まで連絡し合っていたと認定されています。

2018年、大林組は社長を含む経営体制を一新しました。同年の判決で罰金2億円が科され、大林組は違反行為を自主申告しており、清水建設と合わせて約43億円の課徴金納付命令も出ています。2019年には第三者委員会の提言に沿って、同業者との接触ルールを厳しくするなどコンプライアンス体制を再構築しました。

熊本城の復旧、伝統技術と最新技術の融合

2016年の熊本地震で、熊本城の天守閣や石垣は大きく損壊しました。大林組は公募型プロポーザルで復旧整備事業の担当に選ばれています。

独自開発した免震・制震装置「クロスダンパー」や石垣補強技術「グリグリッド」を使い、伝統的な工法と最新技術を組み合わせて復旧工事を進めました。2021年、天守閣は地震前の姿を取り戻し、内部が一般公開されています。この工事は国土交通大臣表彰も受けました