神戸で震災を経験した三木谷浩史は、たった6人・13店舗の「楽天市場」からこの会社を始めた。 携帯電話事業では、格付け会社が投資不適格級と判定するほどの危機に見舞われる。 それでも楽天は、通販・金融・通信を束ねる巨大な経済圏をつくり上げた。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約3.2倍
(手元に残った利益)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
投資家目線のポイント
楽天グループの業績を見るときは、インターネットサービス・フィンテック・モバイルという3つの事業を分けて見るのがポイントです。稼ぎ頭である金融事業の利益を、成長中のモバイル事業への投資負担がどれだけ打ち消しているか、という視点で数字を追うと分かりやすくなります。
楽天銀行(証券コード5838)は、楽天グループ(4755)とは別の証券コードで単独上場している子会社です。楽天グループの株価と、楽天銀行など個別に上場するグループ会社の株価を混同しないように注意する視点を持っておきたいところです。
阪神大震災と6人の船出、13店舗からの再スタート
1995年、阪神・淡路大震災が神戸のまちを襲いました。日本興業銀行に勤めていた三木谷浩史は、この震災で親族を失う経験をしたと報じられています。人生は有限だという思いを強めた三木谷は、同じ年のうちに銀行を退職しました。
1997年、資本金1,000万円で株式会社エム・ディー・エムを設立し、仮想商店街「楽天市場」を開きます。従業員6人、出店数13店舗という、決して大きくない船出でした。当時のライバルのバーチャルモールが月100万円ほどの出店料を取っていたのに対し、楽天市場は月額5万円の固定料金制を選び、個人商店主でも出店しやすい仕組みをつくりました。この判断が、のちの急成長の土台になったと見ることもできます。
「50年ぶりの新規参入」——東北楽天ゴールデンイーグルス誕生
2004年、プロ野球界はオリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの合併問題で揺れていました。この混乱のなか、楽天は新規参入の意思を表明します。同じ年の暮れ、プロ野球オーナー会議で楽天のみの参入が正式に承認されました。1954年の高橋ユニオンズ以来、50年ぶりの新規参入でした。
チーム名「東北楽天ゴールデンイーグルス」の由来は、東北地方の白神山地に棲むイヌワシです。ただし、この名称はすでにライブドアが商標を取得していたため、楽天はすべての権利を買い取ってチーム名にしました。分配ドラフトでは、オリックスと近鉄の選手のうち40名が楽天に入団しています。通販会社が、球団のオーナーにもなった瞬間でした。
社内公用語を英語に——TOEIC526点からの挑戦
2010年、三木谷浩史は社内の公用語を英語にすると宣言しました。楽天は当時、従業員のほとんどが日本人という、日本企業として珍しくない会社でした。三木谷は、創業当初からの「グローバルでナンバーワンのインターネットサービス企業」を目指す方針に加え、海外子会社との意思疎通が不十分だったことも英語化の理由として説明しています。
2年間の準備を経て、2012年に英語が正式な社内公用語になりました。役職ごとにTOEICの目標点を設け、届かなければ昇格できない仕組みにしています。導入時点で平均526点だったTOEICスコアは、その後の数年で700点近くまで伸びました。新卒採用に占める外国人の比率も高まり、経営層の外国人比率も上がっています。
「楽酷天」、2年での撤退——中国ECの挫折
2010年、楽天は中国の検索大手・百度と合弁会社を設立し、インターネット・ショッピングモール「楽酷天」を始めました。しかし中国国内ではEC事業への投資熱から競争環境が激しくなり、業容は計画を下回る状態が続きます。
楽天は百度側と協議を重ねましたが、「現状では業況を抜本的に改善させることが困難」と判断し、2012年、サービスの終了を決めました。累計出資額は約8.6億円でした。開始から2年足らずでの撤退です。旅行予約サイトなど他の中国事業は継続していますが、通販モールという主力の形での中国再挑戦は、その後も実現していません。
プライベートジェットの一言から始まった、FCバルセロナとの4年
2012年、楽天はスペインの動画配信会社Wuaki.tvを買収し、バルセロナに拠点を持ちました。この現地法人が、名門サッカークラブ・FCバルセロナがスポンサーを探しているという情報を本社に伝えます。
三木谷浩史はプライベートジェットの機内で側近と交わした会話のなかで、この話に強く興味を示したと報じられています。2016年、楽天はFCバルセロナとの間で4年総額257億円のグローバルパートナー契約について基本合意し、2017年から契約を開始しました。世界的なブランド認知を狙ったものだったと考えられますが、新型コロナウイルスの影響でスポンサー料は減額され、2021-22シーズン限りで契約は終了しています。
基地局ゼロからの挑戦——「第4のキャリア」楽天モバイルの茨の道
2018年、楽天は携帯電話の周波数帯の認可を受け、自前の通信網を持つ「第4のキャリア」になる計画を進めました。2019年、楽天モバイルは携帯キャリア事業を始めます。
基地局をゼロから積み上げる投資は想像以上に重く、他社の設備を借りるローミング費用もかさみました。2022年12月期、モバイル事業の営業損失は4,928億円に達し、グループ全体の最終損益も3,728億円の赤字と過去最大になっています。通販会社が通信会社になるという決断は、その後数年にわたる巨額投資という形で会社の財務を圧迫しました。
格付け「投機的」への転落、資金繰りをどう乗り切ったか
2021年、楽天は日本郵政から約1,500億円の出資を受け入れ、モバイル事業への投資に充てました。それでも赤字は止まらず、海外の格付け会社(S&P)は楽天グループの格付けを投資不適格級とされる水準まで引き下げています。市場では「もはや日本には、楽天の社債を購入できる機関投資家はいない」との声も出るほどでした。
楽天は資産を切り離して現金を作る道を選びます。2023年、子会社の楽天銀行を東証プライム市場に上場させました。証券子会社・楽天証券ホールディングスの上場も一時準備しましたが、その後、株主であるみずほ証券グループとの連携を深める方針に転換し、上場申請を取り下げています。
1,000万回線、初のEBITDA黒字——巻き返しの現在地
楽天モバイルはその後も基地局への投資を続け、ローミング比率を下げながら収益体質を改善していきました。2025年、楽天モバイルの契約回線数は1,000万回線を超えます。同じ年、モバイル事業は携帯キャリア事業への参入以来初めてEBITDA(利払い・税金・償却前利益)で黒字になりました。
2025年12月期、楽天グループ全体の売上収益は2兆4,966億円で、29期連続で過去最高を更新しています。最終損益はなお赤字が続いていますが、国内の格付け会社(日本格付研究所)の見通しは2025年に「ネガティブ」から「安定的」に変わりました。通販会社として始まった楽天は、通信という新しい柱を、時間をかけて育て上げつつあります。
