工場でロボットや工作機械を動かす「頭脳」をつくる、縁の下の力持ちがファナックだ。 富士通の一部門から独立し、いまや工作機械とロボットで世界を制する。 長く沈黙を守ってきたこの黄色い企業が、2015年に動いた。

01

創業から現在へ — ストーリー

1955 — 1972
富士通の一部門で、NC装置の開発に挑む
1955年、富士通信機製造(現・富士通)にコントロールの開発プロジェクトチームが発足しました。翌年には日本の民間企業として初めて、NC(数値制御)装置とサーボの開発に成功しています。市場がまだ育っていない時期の参入で、黒字転換までに10年近くを要したと伝えられています。富士通という大企業の傘の下にいたからこそ、赤字の期間も技術と特許の蓄積に集中できたと見ることもできます。1972年、この部門は富士通から分離し、資本金20億円の富士通ファナック株式会社として独立しました
1974 — 1985
ロボットに参入し、忍野村の「黄色い城」へ
1974年、ファナックはロボットを自社開発し、自社の工場に導入しました。工作機械メーカーは自社の顧客でもあったため、正面から競合しないロボットという当時ほとんど手つかずの領域を選んだと見る向きもあります。1982年には社名を富士通ファナックからファナック株式会社へ改め、1984年には東京都日野市から山梨県忍野村へ本社を移転しました。1985年、NC装置の国内シェア70%、売上高経常利益率36.6%という、日本トップクラスの高収益体質を確立しています
1995 — 2003
稲葉清右衛門から稲葉善治へ、経営のバトンタッチ
1995年、実質的な創業者である稲葉清右衛門が代表取締役会長に就任しました。その後、野澤量一郎、小山成昭と社長が引き継がれ、2003年には清右衛門の長男である稲葉善治が代表取締役社長に就任しています
2009 — 2013
リーマン後の反動、iPhone特需と「秘密主義」への逆風
2009年、世界金融危機の影響でファナックの利益は大きく落ち込みましたが、高い収益率は保たれました。2011年には、スマートフォンの金属ケース加工に使う小型切削機「ロボドリル」の中国向け増産を決め、年間457億円という大型投資に踏み切ったと報じられています。一方でこの時期、投資家向けの情報開示に消極的な姿勢が目立ち、2011年には日本語版ウェブサイトが半年近く閉鎖され、決算説明会も中止されました。2013年の会社四季報では「IR不全」という見出しがつけられています。同じ2013年、稲葉清右衛門は経営本部長・研究本部長などの座を退き、社外取締役の導入も始まりました。
2015
物言う株主の登場と、株主還元への転換
2015年、「物言う株主投資先企業の経営方針に対し、株主提案や公開の意見表明などで積極的に働きかける投資家。」として知られる米ヘッジファンドのサード・ポイントがファナック株の保有を公表し、1兆円を超える手元資金を使った自社株買い企業が自社の発行済み株式を市場などで買い戻すこと。を要求しました。ファナックは新設した株主との対話窓口を通じて機関投資家の声を聞いたうえで、配当性向稼いだ利益のうち、どれくらいを配当として株主に還元したかを示す割合。を30%から60%へ引き上げ、配当と自社株買いを合わせて利益の最大80%を株主に還元する方針を発表しています。長く沈黙を守ってきた企業が、外部からの圧力をきっかけに対話へと動いた年でした。
2016 — 2020
山口体制へ、そして創業者の死
2016年、稲葉善治は会長兼CEOに退き、山口賢治が社長兼COOに昇格しました。2018年にはベンチャー企業のライフロボティクスを買収して協働ロボット事業の強化を図りますが、品質基準の問題から数か月で製品の生産を中止するという出来事もありました。2019年にはスマートフォン向けロボドリルの特需戦争や災害など特別な事情で一時的に発生する大きな需要。が終わり、決算で6割の減益を発表しています。2020年、実質的な創業者である稲葉清右衛門が95歳で亡くなりました。
TEN YEARS

10年で、売上は約1.6倍

1兆円
5,000億円
2017 · · · · · · · · 2026
売上 純利益(手元に残った利益)
売上
10年前
5,369億円
現在
8,578億円
約1.6倍に増加
純利益
(手元に残った利益)
10年前
1,277億円
現在
1,665億円
売上100円につき約19円
従業員
10年前
6,738
現在
10,040
約1.5倍に増加
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
FA事業(CNC・サーボ)
工作機械を動かす「頭脳」にあたるCNC(コンピュータ数値制御)装置と、その駆動源であるサーボモータを一体で手がける事業です。世界の工作機械の半数以上に搭載されているとされ、ファナックの出発点にして中核をなす事業です。
柱 02
ロボット事業
溶接や搬送、組み立てなど、工場のさまざまな作業を担う産業用ロボットの事業です。可搬質量2トンを超える大型機種もラインナップし、産業用ロボットの世界シェアでも上位に立つとされています。自社工場で自社製ロボットが自社製品をつくる、無人化生産にも力を入れてきました。
柱 03
ロボマシン事業
CNCとサーボモータを組み込んだ機械そのものを製造・販売する事業です。ロボドリル(小型切削加工機)やロボショット(電動射出成形機)、ロボカット(ワイヤカット放電加工機)などが含まれ、ロボドリルはスマートフォンの金属ケース加工にも使われてきました
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のポイント

ロボドリルの好調と急減速に象徴されるように、業績はスマートフォンや自動車など特定業界の設備投資サイクルに左右されやすい構造です。世界の工作機械需要や半導体・スマホ市場のニュースが、この会社の業績を読むヒントになるかもしれません。

かつて情報開示に消極的だったファナックは、2015年以降、株主との対話窓口を新設するなど姿勢を変えてきました。情報開示への向き合い方の変化は、この会社を見るうえで引き続き注目したい論点です。

富士通の一部門で、10年の赤字に耐えたNC開発

ファナックのNC(数値制御)事業は、もともと富士通信機製造(現・富士通)の社内プロジェクトとして始まりました。1956年に日本の民間企業として初めてNCとサーボの開発に成功しますが、市場はまだ育っておらず、黒字転換までに10年近くを要したと伝えられています。

独立系のベンチャー企業であれば存続すら難しかったであろうこの期間、ファナックの前身は富士通の通信機事業という安定した収益基盤に支えられ、技術と特許の蓄積に集中できたと分析されています。この時期に積み上げた技術基盤が、1972年の独立後にNC市場で優位に立つ土台になったと見ることもできます。

顧客と競合しない道——ロボットへの参入

1974年、ファナックはロボットを自社開発し、自社の工場に導入しました。それまでのファナックは工作機械メーカー向けにNC装置を供給する立場で、工作機械そのものをつくる事業には踏み込んでいませんでした。工作機械メーカーは自社の顧客でもあったからです。

ロボットという、当時はまだほとんど手つかずだった最終製品の領域を選んだことで、顧客との競合を避けながら事業を広げられたと見る向きもあります。この選択が、のちにファナックを「工作機械の頭脳」と「ロボット」の両輪を持つ企業に育てていきました。

「黄色い城」——木を一本も切らずに移った本社

1984年、ファナックは東京都日野市から山梨県南都留郡忍野村へ本社を移転しました。移転先は富士山麓、標高1,000メートルの森の中です。自然保護のため、森の木は一本も切らずにすべて移植したと伝えられています

工場の建物の向きがまちまちなのは、なるべく移植する木を減らすためだったとされ、ロボットシステム工場の建設時には、大きな木とその下の腐葉土をまとめて300メートル移動させる大工事まで行われたと伝えられています。周辺52万坪の森は「ファナックの森」と呼ばれ、リスやシカといった野生動物も生息しています。

なぜ黄色なのか——「皇帝の色」「気違いの色」

ファナックのコーポレートカラーである黄色は、もともと富士通の一事業部だった時代に、部門ごとの報告書を区別しやすくするための色分けで割り当てられた色だったとされています。

実質的な創業者である稲葉清右衛門は、黄色を使う会社が少なく目立つ色であること、そして「皇帝の色」「気違いの色」「要注意の色」という複数の意味を持つことを気に入り、建物や制服、社用車から箸袋に至るまで徹底的に黄色を使うようになったと伝えられています。今もファナックのロボットの多くは黄色に塗られ、人と接触すると止まる協働ロボットだけは、ひと目で安全だとわかるよう緑色に塗り分けられています。

「IR不全」と呼ばれた沈黙、株主対話への転換

2011年、ファナックは日本語版ウェブサイトを半年近く閉鎖し、決算説明会も中止しました。電子メールはほとんど使わずファックスで業務を行い、IR(投資家向け広報)部門もないという徹底ぶりで、2013年の会社四季報では「IR不全」という見出しがつけられています。ある海外投資家は、経営陣への接触を認めない傾向が他の大多数の企業よりも際立っていたと振り返っています。

転機は2015年でした。「物言う株主」として知られる米ヘッジファンド、サード・ポイントのダニエル・ローブ氏がファナック株の保有を公表し、1兆円を超える手元資金を使った自社株買いを要求します。ファナックは新設した株主対話窓口(SR部)を通じて19の機関投資家から意見を聞き、配当性向を30%から60%へ倍増させ、配当と自社株買いを合わせて利益の最大80%を株主に還元する方針を打ち出しました。半年もウェブサイトを閉じていた企業が、外部からの一撃をきっかけに対話へと動いた出来事でした。

創業家の退場と、経営体制の若返り

2013年、実質的な創業者である稲葉清右衛門は、経営本部長・研究本部長、そしてファナックの名がつく国内グループ会社の代表の座を相次いで退きました。相談役名誉会長の肩書は残したものの、経営の第一線からは退いたと報じられています。

同じ年、ファナックは社外取締役を導入し、清右衛門の孫にあたる稲葉清典が35歳の若さで取締役に就任しました。創業以来のワンマン経営から、より開かれた経営体制へと切り替わっていく節目の年でした。

買収からわずか数か月、「CORO」の生産中止

2018年、ファナックは協働ロボットを開発するベンチャー企業、ライフロボティクスの全株式を買収し、完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しました。買収の目的は、ライフロボティクスが持つ「肘のない」独自構造のロボットアーム技術と、ファナックの量産技術を組み合わせることでした。

ですが買収からわずか数か月後、ファナックはライフロボティクスの主力製品「CORO」の生産を中止すると発表しますファブレス自社で工場を持たず、企画・開発に経営資源を集中する事業形態。のベンチャーだったライフロボティクスには量産の経験や品質管理の体制がなく、すでに納入していた製品にも不具合が多く発生していたためだとされています。ファナックは販売済みの製品をすべて回収し、自社製品への無償交換に応じました。法人としてのライフロボティクスもその年のうちに解散しています。信頼性を改善したうえでの再投入を目指すとされていますが、時期は明らかにされていません。

iPhoneが生んだ好況と、6割減益の反動

2011年、ファナックは中国のEMS他社ブランドの電子機器を受託して製造する企業、またはその事業形態(電子機器受託製造)。(電子機器受託製造)企業向けに、スマートフォンの金属ケース加工に使う小型切削機「ロボドリル」の増産を決め、年間457億円という大型投資に踏み切ったと報じられています。ロボドリルの販売はその後数年にわたってファナックの業績を押し上げました。

ところが2019年、iPhone向けの需要が減退すると、ファナックは同年3月期の決算で6割の減益を発表しています。汎用品市場の独占によって安定した収益を築いてきたファナックにとって、特定の顧客・特定の製品に依存することのリスクが表面化した出来事でした。その後は工作機械やロボットの需要回復とともに、業績は持ち直していきました。

酒好きの技術者、「稲葉虎右衛門」

NC装置の生みの親である稲葉清右衛門は、大の酒好きとして知られていました。富士通の計算制御技術部長だった時代には、飲みすぎて橋から転落したことがあるという逸話も伝えられています。

その酒豪ぶりは業界でも有名で、東京工業大学の中田孝からは「稲葉”虎”右衛門さん」と評されたと本人が語っています。研究開発に人生をかけた技術者でありながら、こうした人間くさい一面も持ち合わせていた人物でした。