二度の倒産を経て、滝崎武光が尼崎の町工場から興した会社だった。 代理店を使わない直販と、自社工場を持たないファブレス経営という非常識な組み合わせが、製造業離れした高収益体質を生んだ。 新商品の7割が世界初を掲げ、平均年収は日本トップクラスを走り続けている。

01

創業から現在へ — ストーリー

1945 — 1974
二度の倒産を経て、滝崎武光がリード電機を興す
滝崎武光は兵庫県芦屋市に生まれ、兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業しました。外資系のプラント制御機器メーカーに勤めたのち独立して起業しますが、失敗して倒産します。二度目の起業も、同じように失敗に終わりました。29歳のとき、電線メーカー向けの自動巻線機づくりを三度目の事業として始め、1974年、兵庫県尼崎市で「リード電機株式会社」として法人化しています。
1974 — 1982
トヨタの金型を守るセンサーで、事業の軸足を変える
リード電機は当初、電線メーカー向けの自動巻線機や切断機を主力にしていました。まもなくトヨタ自動車のプレス加工現場が抱えていた、金型を傷めてしまうという課題からセンサー事業に参入します。1982年、滝崎武光は祖業だった切断機事業を、営業利益率がセンサー事業より低いという理由だけで手放し、センサーへの集中投資へと舵を切りました。
1985 — 1987
ファブレスと直販を整え、株式を上場する
1985年、製造子会社クレポ(現キーエンスエンジニアリング)を設立。ノウハウの要となる一部の製品だけを自社で生産し、残りは協力工場に委託する体制を整えました。1986年に社名を「キーエンス」へ改め、翌1987年、大阪証券取引所第2部に株式を上場します。上場と2度の公募増資で約601億円を調達しながら、滝崎家は約45%の持分を維持しました。
1991 — 2000
利益を賞与で還元する仕組みと、社長交代
1991年、営業利益の一部を業績連動の賞与として社員に還元する制度を整えました。基本給を抑え、利益に連動した賞与で報酬の大半を支払う仕組みは、のちに平均年収で日本トップクラスと言われる待遇の土台になります。2000年、滝崎武光は代表取締役社長を退いて代表取締役会長に就任し、以後はキーエンス出身者が社長を歴任する体制に移りました。
2009 — 2019
ジャストシステムへの出資と、歴代社長の交代リズム
2009年、業績不振に陥っていたソフトウェア大手ジャストシステムに約45億円を出資し、株式の44%を握る筆頭株主になりました。同じ年、リーマン・ショックの影響で顧客企業の設備投資が落ち込み、キーエンス自身も減収減益に見舞われています。歴代社長は「事業推進部長」を経て40代半ばで就任し、およそ10年で次の世代に引き継ぐという交代のリズムが続いていました。
2015 — 2022
現金をため込む経営に、株主から不信の声
2015年ごろ、キーエンスは株主との対話を避ける企業として投資家から問題視されるようになりました。使い道の乏しい手元資金が積み上がる一方で株主還元が薄いとの見方が広がり、2022年の株主総会では社長の取締役再任における賛成比率が80%程度まで下がっています。
2025 — 2026
創業者が取締役を退き、配当を大幅に引き上げる
2025年、中野鉄也が新社長に就任しました。同じ年、キーエンスは年間配当を350円から550円に引き上げると発表します。2026年には創業者の滝崎武光が取締役を退任し、名誉会長として一歩引いた立場に回りました。
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
センサ・FA機器事業
光電センサや近接センサ、測定器、制御機器など、ものづくりの現場を自動化する機器を幅広く手がける中核事業です。代理店を介さない直販で顧客の声を直接拾い上げ、それを新商品の企画に反映する仕組みが競争力の源泉になっています。
柱 02
画像処理・計測機器事業
画像処理装置やデジタルマイクロスコープ、3次元測定機など、検査・計測分野の機器を手がけています。キーエンスは全社の新商品のうち約7割が世界初または業界初の機能・コンセプトを掲げているとされ、この事業もその一角として、価格競争に巻き込まれにくい高付加価値な製品群を築いています。
柱 03
生産を持たない「ファブレス」体制
自社で工場を持たず、企画・開発・設計に経営資源を集中するファブレス経営を採用しています。標準品に絞った量産と協力工場への生産委託を組み合わせることで、設備投資の重荷を負わずに商品開発のスピードを保っています。
柱 04
ソフトウェア事業(ジャストシステム)
国内ソフトウェア大手のジャストシステムを持分法適用会社として傘下に持ち、FA機器以外の分野にも事業の裾野を広げています。
03

投資指標

株価
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東証プライム
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配当利回り
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年間予想
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株価収益率
PBR
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株価純資産倍率
時価総額
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円換算
52週高値
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過去1年
52週安値
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過去1年

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投資家の博士

投資家目線のポイント

キーエンスは自社で工場を持たないぶん、原材料費よりも顧客企業の設備投資意欲に業績が左右されやすい面があります。景気が落ち込んで顧客の投資が止まると業績も早く落ち込みやすく、持ち直しも早いという、振れ幅の大きさが特徴です。

長年、稼いだ利益を配当より社内に積み上げる経営で知られてきましたが、株主からの声を受けて配当を大きく引き上げました。株主還元に対する姿勢の変化は、今後も注目していく価値がありそうです。

二度の失敗を経て、三度目に興した会社

滝崎武光は兵庫県立尼崎工業高等学校を卒業したあと、外資系のプラント制御機器メーカーに勤めました。そこから独立して起業しますが、失敗して倒産します。二度目の起業も、同じように失敗に終わりました。

29歳の滝崎は三度目の事業として、電線メーカー向けの自動巻線機づくりを始めます。1974年、この事業は兵庫県尼崎市で「リード電機株式会社」として法人化されました。二度の失敗のあとの三度目が、いまのキーエンスの出発点です。

「8万5千円」——トヨタの金型を守るセンサーの値付け

リード電機のセンサー事業は、トヨタ自動車のプレス加工現場が抱えていた、金型を傷めてしまうという具体的な課題から始まったと伝えられています。

数億円規模の金型破損を防ぐセンサーに対して8万5千円という価格を付ける——原価の積み上げではなく、顧客が得る効果を基準にした値付けの発想は、1970年代のうちにこの会社の中に定着していきました。

祖業を切り捨てた1982年の決断

1982年当時、リード電機の祖業だった自動線材切断機は、営業利益率20%を稼ぐ事業でした。業績が傾いていたわけではありません。

それでも滝崎武光は、営業利益率40%のセンサー事業と比べて見劣りするという理由だけで、この祖業からの撤退を決めます。あわせて、売上高の2割を占めていた大口取引先との取引も縮小し、特定の顧客に依存しない体制へと切り替えました。この決断が、創業から10年足らずで「利益率の最大化」を経営の最上位に置く体質をつくったと言われています。

「550円」——現金をため込みすぎた代償

2015年ごろのキーエンスは、使い道の乏しい手元資金を積み上げながら株主との対話を避ける企業として、投資家から問題視されるようになりました。2022年の株主総会では、社長の取締役再任における賛成比率が80%程度まで下がり、経営陣への不信感がにじむ結果になっています。批判は10年近くくすぶり続けました。

2025年、キーエンスは年間配当を350円から550円へ引き上げると発表しました。長く現金をため込む経営で知られたこの会社が、株主還元へと舵を切った転換点でした。

「自分はカリスマではない」——属人化を排した組織づくり

滝崎武光は、自分がいなくても組織が回る体制をつくることを意識し続けたと、周囲に何度も語っていたと報じられています。年次や肩書きにとらわれないフラットな考え方を社内に浸透させ、「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」を重視する文化を築きました。

2000年に社長を退いたあとも、キーエンス出身者が社長を歴任する体制がそのまま続いています。カリスマに頼らない組織という発想が、代替わりのたびに引き継がれてきました。

事業推進部長、40代半ば、在任10年——歴代社長の共通パターン

創業者の滝崎武光を除く歴代社長には、共通点があります。佐々木道夫は43歳、山本晃則と中田有はともに45歳で社長に就任しました。3人とも社長就任の直前に「事業推進部長」という役職を経験しており、在任期間はおよそ10年です。

2025年、中野鉄也が5代目社長に就任し、前任者たちと同様のリズムで交代しました。ある外資系証券会社のアナリストは、この規則性を「何かしらのキーエンスウェイなるものがあるのだろう」と評しています。

「45億円」——ジャストシステムを支えた異業種への出資

2009年、ソフトウェア大手のジャストシステムは、業績不振による資金不足に直面していました。キーエンスは第三者割当増資を引き受けて約45億円を出資し、発行済み株式の44%を握る筆頭株主になります。

FA機器とはまったく異なるソフトウェア分野への出資でしたが、ジャストシステムの技術力・開発力を評価したうえでの判断だったと報じられています。畑違いの一手は、その後もキーエンスの持分法適用会社として続いています。

「日本一給料が高い会社」を目指した給与制度

キーエンスの前身リード電機は、就職希望者に対して「飛び込みなど汗をかきながら体力を使う営業」や「接待など顧客の情に訴えて買ってもらう営業」がしたい人は採用しないと説明していたと伝えられています。顧客と対等な立場で向き合う姿勢を貫いたことが、同社の営業スタイルの原点になりました。

創業者が語っていたという「日本一給料が高い会社」という夢と、1991年に整えた業績連動の賞与制度が重なり、平均年間給与は5年連続で2000万円を超える水準になっています。

全商品を当日に届けるという約束

キーエンスは、注文を受けた全ての商品をその日のうちに出荷する体制をグローバルで敷いています。単なる物流の効率化ではなく、顧客の生産ラインを止めないことを最優先にした結果だと同社は説明しています。

生産現場では、部品や機器が欠品するだけで機会損失に直結します。在庫を抱えなくていい安心感そのものを、キーエンスは商品の価値の一部にしています。

主な参考資料(12件)