カネボウ、ダイエー——政府の企業再生機構で修羅場をくぐった弁護士と証券アナリストが、 2007年に立ち上げた会社だ。 企業再生の現場で鍛えた経営支援力で成長してきた。 共同創業者の退任という節目を越え、M&A企業の合併・買収の総称。他社の株式や事業を取得して一体化すること。と投資へ領域を広げてきた。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約4.1倍
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
弁護士とアナリスト——2人が産業再生機構で出会った
大西正一郎氏は早稲田大学法学部を卒業後、1992年に弁護士登録しました。奥野総合法律事務所で、倒産処理を専門とする企業再生専門の弁護士として約11年間経験を積みます。
一方の松岡真宏氏は東京大学経済学部を卒業後、野村総合研究所やUBS証券で証券アナリストとして10年以上活動し、1999年にはUBS証券の株式調査部長に就任しました。小売・流通業界を10年以上見続けたアナリストという、大西氏とは畑違いの経歴の持ち主でした。この2人が、のちに産業再生機構で出会うことになります。
三井鉱山、カネボウ——産業再生機構で再建を担った
2003年に発足した産業再生機構は、負債総額2兆3,800億円規模の日本リース再建をはじめ、大型の企業再生案件を手がけた組織でした。大西氏はこの産業再生機構で、三井鉱山やカネボウの再建を担当したといいます。
チームで課題を解く——それが創業の原点になった
世界でも前例のない組織で、2人は現場で机を並べました。弁護士・会計士・アナリスト・投資銀行出身者など、異なる専門性を持つ人材がチームを組めば、難しい課題も解けることを実感していきます。
この気付きが、2人にとって創業の原点になったといいます。組織の役割にとどまらず、自分たちの手で恒常的な再生支援の仕組みを作ろうという発想が、後の起業につながりました。
助言で終わらせない——現場に常駐し、改革を実行した
多くの経営コンサルティング会社は、戦略を描くところまでが仕事です。フロンティア・マネジメントは、そこで終わらせない方針を掲げてきました。
法律・会計・ファイナンス・ビジネスといった側面を社内で総合的に検証したうえで複数の解決案を提示し、必要であればコンサルタント自身が現場に常駐して改革を実行するというスタイルを取ってきました。助言と実行の両方を手がける経営執行支援は、同社の中核事業の一つになっています。
公募価格の2倍以上——株式市場が示した期待
上場時につけた初値は、公募価格の2倍を超えていました。経営再建の現場を渡り歩いてきた2人が興した会社に、株式市場は高い期待を寄せたことがうかがえます。
この評価を追い風に、その後も海外拠点や新規事業への投資を重ねていきました。
壽屋(コトブキヤ)——会議体を変えた経営改善
フロンティア・マネジメントが公表している支援事例の一つが、フィギュアやプラモデルで知られるホビーメーカー、株式会社壽屋(コトブキヤ)です。以前は経営情報が管理職層まで十分に伝わっていなかったという課題に対し、「部署横断プロジェクトチーム」「企画審査会議」「モニタリング会議」「経営委員会」といった新しい会議体を導入し、経営層と各部門を有機的につなぐ取り組みを支援しました。
各部署の戦略やそれぞれの取り組みの進み具合を組織全体で共有できるようになったことが、同社の成果につながっているといいます。助言にとどまらず実行まで伴走する、同社らしい事例の一つです。
大江戸温泉と湯快リゾート——グループ統合を支える
支援事例のもう一つが、大江戸温泉物語株式会社と湯快リゾート株式会社です。フロンティア・マネジメントは、同じ投資ファンド傘下で一つの温泉旅館グループとなったこの2社のPMI(統合後の経営統合作業)を支援しました。
M&Aで会社を一つにすることと、実際に組織や業務を一つにまとめ上げることは別の難しさがあります。再生支援で培った「現場に入り込む」ノウハウが、こうした統合支援にも生かされています。
共同創業者の退任——そこから立て直しが始まった
松岡氏の退任後、会社の数字には一見わかりにくいねじれが生まれました。売上高は134億円まで伸びましたが、これは新たに拡大した投資事業の押し上げによるもので、主力だったはずのコンサルティング・アドバイザリー事業はむしろ減収だったのです。
離職が相次いだ現場の立て直しは簡単ではなく、経営体制も混乱しました。それでも会社は動揺を否定し、黒字化への道筋を描き続けています。
