作業服の専門店ワークマンは、なぜアウトドア用品売り場の常連になったのでしょうか。 転機は2018年、「ワークマンプラス」の出店でした。 低価格と高機能、どちらも譲らない発想はいまも変わりません。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上はほぼ3倍
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
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投資家目線のポイント
客層拡大の成否が、既存店の客数という指標に表れやすい会社です。2023年から2024年にかけては一般客向けの新業態が伸び悩み、既存店の客数が前年を下回る時期もありました。カジュアル化が進むほど、こうした流行の波を受けやすくなる点は見ておきたいところです。
店舗の大半をフランチャイズ加盟店が担う構造のため、加盟店との関係も業績を左右します。2024年には一部の加盟店が、本部の発注方針を問題視して公正取引委員会に申し立てを行いました。この関係がどう推移するかも、見ておきたい視点です。
いせやの二男が、群馬で始めた作業服の店
土屋嘉雄は、江戸時代から続く呉服屋「いせや呉服店」の二男として埼玉県深谷市に生まれました。群馬県高崎市の服地店で修業したのち、実家から独立して伊勢崎市で衣料品店「いせや」を創業します。
いせやはのちにベイシアグループへと育ちますが、そのなかでワークマンは、個人向け作業服という競合の少ない市場に目をつけた一つの実験だったと伝えられています。
自ら初代社長に就き、2年で会長へ退いた創業者
株式会社ワークマンを設立したとき、土屋嘉雄は自ら初代代表取締役社長に就任しました。しかし1984年には早くも取締役会長へ移り、以後は現場よりもグループ全体を統括する立場を長く務めています。
徹底したマニュアル化・標準化で、本社を軽くしたまま加盟店に運営を任せる仕組みは、創業者が現場を離れたあとも受け継がれ、ワークマンの骨格であり続けました。
「あと8年で市場を食い尽くす」——甥が持ち込んだExcel
2012年、土屋嘉雄の甥にあたる土屋哲雄が、三井物産での長いキャリアを経てワークマンの経営に加わりました。当時のワークマンは32年連続でシェア1位を守っていたものの、作業着の市場規模はおよそ1,000億円で頭打ちが見えていました。土屋哲雄は「あと8年で市場を食い尽くす」と考えていたと伝えられています。
危機感から始めたのが、高度な分析ツールではなくExcelを共通言語にしたデータ経営でした。誰もが使えるExcelで議論を深める仕組みが社内に根づくまで、10年近くの地道な取り組みを要したといいます。
リーマン・ショックと、8期連続増収増益への逆転
2009年3月期、世界的な金融危機のあとの建設需要低迷で、ワークマンは減収減益に沈みました。同じ年の暮れ、栗山清治が代表取締役社長に就任します。
社長交代後もすぐには業績は上向かず、2010年10月期まで減収減益が続きました。そこから会社は上向き、8期連続の増収増益という記録を残しています。落ち込みからの立て直しが、のちのワークマンプラス出店を支える経営基盤になりました。
客数減少と、FC加盟店63店舗の告発
一般客向けの拡大が軌道に乗る一方、2023年度から2024年度にかけて既存店の客数は前年を下回る月が続きました。2024年、ワークマンは業績予想を下方修正しています。
同じ年の年明け、全国1,006店舗の大半を占めるFC加盟店のうち63店舗が、商品の仕入れで「自由な意思に基づく発注」を妨げられているとして、独占禁止法企業同士の不当な競争制限やカルテル、行き過ぎた企業結合を規制する法律。の禁じる「優越的地位の濫用」にあたると公正取引委員会に告発しました。急成長の足元で、加盟店との関係にきしみが生じていたことを示す出来事です。
「ワーク強靭化計画」——45歳を意識した原点回帰
一般客向けの開拓が進む間に、本業である職人向けの取り組みが手薄になっていました。土屋哲雄専務は「作業客で、もう一回やっていけるようにしないといけない」と危機感を語っています。
2023年秋冬商戦で掲げたのが「ワーク強靭化計画」でした。45歳という年齢を意識し、45歳以上のベテラン職人向けには安価でベーシックかつ機能的な商品を取りそろえる、原点回帰の一手です。
アウトドアギア、1年半での撤退
拡大戦略を率いた大内康二(のちの社長)は、すべてが成功だったわけではないと振り返っています。2022年に発売したキャンプ用品「アウトドアギア」は、売上高60億円まで伸ばしたものの、市場規模の限界を理由に1年半ほどで撤退しました。
派手な新業態展開の裏で、見切りをつける判断も同時に行われていたことがうかがえます。
転売問題と、創業以来最大の増産
高機能ウェア「XShelter」は、2024年のオンライン先行販売2万点が4日で完売しました。転売サイトでは2倍以上の価格で取引され、SNS上ではワークマンを「転売ヤーの鴨企業」と揶揄する声も出ています。リカバリーウェア「メディヒール」も、わずか20日で完売しました。
土屋哲雄専務は「このままでは企業として危うい」と述べ、2025年の秋冬商戦に向けて約465万点・133億円規模という創業以来最大の増産に踏み切りました。
過去最高益からの、社長交代
2026年3月期、ワークマンは売上高・営業利益・純利益のすべてで過去最高を更新しました。リカバリーウェアの急成長やPB比率の上昇が支えになっています。
この好業績のさなか、拡大戦略を主導してきた大内康二が新しく代表取締役社長に就任しました。カジュアル路線の踊り場を、原点回帰と増産で乗り切った先に迎えた交代です。
