作業服の専門店ワークマンは、なぜアウトドア用品売り場の常連になったのでしょうか。 転機は2018年、「ワークマンプラス」の出店でした。 低価格と高機能、どちらも譲らない発想はいまも変わりません。

01

創業から現在へ — ストーリー

1958 — 1982
いせやの衣料品店から、ワークマンが生まれる
埼玉県深谷市の呉服屋に生まれた土屋嘉雄は、群馬県伊勢崎市で衣料品店「いせや」を創業しました。1980年、いせやの1店舗として「職人の店 ワークマン」を伊勢崎市に開店します。競合チェーンが少なかった個人向けの作業服市場に目をつけたのが始まりでした。1982年、事業を株式会社ワークマンとして独立させています。
1982 — 1997
自ら初代社長を務めた創業者、その後は会長へ
1982年の法人化にあたり、創業者の土屋嘉雄は自ら初代代表取締役社長に就任しました。2年後の1984年には取締役会長へ移り、以後は主にグループ全体を統括する立場で経営に関わっています。マニュアル化を徹底し、本社は少数精鋭のまま加盟店に運営を任せるフランチャイズ専業のモデルで店舗網を広げていきました。1988年に100店舗を達成し、1997年には株式を店頭公開しました。
2009 — 2012
リーマン後の落ち込みと、エクセル経営の始まり
世界的な金融危機のあと建設需要が落ち込み、ワークマンは減収減益となりました。2009年に栗山清治が社長に就任しますが、業績はすぐには上向かず、翌2010年まで減収減益が続いています。その後、業績は上向き8期連続の増収増益を達成しました。2012年には三井物産出身の土屋哲雄が経営に加わり、表計算ソフトのExcelでデータを分析する「エクセル経営」を持ち込みました。
2018 — 2020
「ワークマンプラス」で、客層を一般に広げる
職人向け市場の頭打ちを見越し、エクセル経営で選んだ売れ筋商品を一般客向けに並べる新業態「WORKMAN Plus」を出店しました。低価格と高機能を両立した商品は、キャンプやスニーカーのブームとも重なって大きな話題になります。2020年には女性向けの「#ワークマン女子」も始まり、同じ年に全国47都道府県への出店も達成しました。
2023 — 2024
客数の伸び悩みと、加盟店からの告発
一般客向けの拡大が進む一方で、既存店の客数は前年を下回る月が続きました。2024年には、FC加盟店63店舗が「自由な意思に基づく発注を妨げられており」として公正取引委員会に告発する事態も起きています。同じ年、ワークマンは業績予想を下方修正しました。
2025 — 2026
「原点回帰」からの、過去最高益と社長交代
職人向け商品を強化する「ワーク強靭化計画」や、機能性を前面に出したリカバリーウェアの投入で客足を呼び戻しました。2026年3月期は売上高・営業利益ともに過去最高を更新しています。この流れのなか、拡大戦略を率いてきた大内康二が新しく社長に就任しました。
TEN YEARS

10年で、売上はほぼ3倍

2,000億円
1,000億円
2017 · · · · · · · · 2026
売上 純利益(手元に残った利益)
売上
10年前
521億円
現在
1,609億円
ほぼ3倍
従業員
10年前
243
現在
440
約1.8倍に増加
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
作業服・作業用品(祖業のFC小売)
職人向けの作業服・安全靴・手袋などを、フランチャイズ加盟店を通じて全国で販売する祖業です。低価格と機能性を両立させたプライベートブランド(PB)商品が中心になっています。
柱 02
アウトドア・カジュアルウェア(WORKMAN Plus)
職人向けに磨いた高機能素材を生かし、一般客向けにアウトドアウェアやカジュアル衣料を展開する新業態です。低価格・高機能という祖業の強みを保ったまま、客層を大きく広げる役割を担っています。
柱 03
女性向けウェア(Workman Colors)
「#ワークマン女子」として始まり、屋号をWorkman Colorsへ順次切り替えている女性向け業態です。機能性を保ちながらデザイン性を重視した商品を提案しています。
柱 04
フランチャイズ運営支援
本部が商品の企画・発注を担い、加盟店が販売を担当するフランチャイズモデルで店舗網を運営しています。商品の98%は値引きをせず定価で販売しており、本社は少数精鋭を保つ設計です。
柱 05
PB商品の企画・生産
メーカーと共同開発したPB商品を、海外工場の閑散期を使って生産することでコストを抑えています。値引き販売をほとんど行わず、価格帯を維持するのも特徴です。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のポイント

客層拡大の成否が、既存店の客数という指標に表れやすい会社です。2023年から2024年にかけては一般客向けの新業態が伸び悩み、既存店の客数が前年を下回る時期もありました。カジュアル化が進むほど、こうした流行の波を受けやすくなる点は見ておきたいところです。

店舗の大半をフランチャイズ加盟店が担う構造のため、加盟店との関係も業績を左右します。2024年には一部の加盟店が、本部の発注方針を問題視して公正取引委員会に申し立てを行いました。この関係がどう推移するかも、見ておきたい視点です。

いせやの二男が、群馬で始めた作業服の店

土屋嘉雄は、江戸時代から続く呉服屋「いせや呉服店」の二男として埼玉県深谷市に生まれました。群馬県高崎市の服地店で修業したのち、実家から独立して伊勢崎市で衣料品店「いせや」を創業します。

いせやはのちにベイシアグループへと育ちますが、そのなかでワークマンは、個人向け作業服という競合の少ない市場に目をつけた一つの実験だったと伝えられています。

自ら初代社長に就き、2年で会長へ退いた創業者

株式会社ワークマンを設立したとき、土屋嘉雄は自ら初代代表取締役社長に就任しました。しかし1984年には早くも取締役会長へ移り、以後は現場よりもグループ全体を統括する立場を長く務めています。

徹底したマニュアル化・標準化で、本社を軽くしたまま加盟店に運営を任せる仕組みは、創業者が現場を離れたあとも受け継がれ、ワークマンの骨格であり続けました。

「あと8年で市場を食い尽くす」——甥が持ち込んだExcel

2012年、土屋嘉雄の甥にあたる土屋哲雄が、三井物産での長いキャリアを経てワークマンの経営に加わりました。当時のワークマンは32年連続でシェア1位を守っていたものの、作業着の市場規模はおよそ1,000億円で頭打ちが見えていました。土屋哲雄は「あと8年で市場を食い尽くす」と考えていたと伝えられています。

危機感から始めたのが、高度な分析ツールではなくExcelを共通言語にしたデータ経営でした。誰もが使えるExcelで議論を深める仕組みが社内に根づくまで、10年近くの地道な取り組みを要したといいます。

リーマン・ショックと、8期連続増収増益への逆転

2009年3月期、世界的な金融危機のあとの建設需要低迷で、ワークマンは減収減益に沈みました。同じ年の暮れ、栗山清治が代表取締役社長に就任します。

社長交代後もすぐには業績は上向かず、2010年10月期まで減収減益が続きました。そこから会社は上向き、8期連続の増収増益という記録を残しています。落ち込みからの立て直しが、のちのワークマンプラス出店を支える経営基盤になりました。

客数減少と、FC加盟店63店舗の告発

一般客向けの拡大が軌道に乗る一方、2023年度から2024年度にかけて既存店の客数は前年を下回る月が続きました。2024年、ワークマンは業績予想を下方修正しています。

同じ年の年明け、全国1,006店舗の大半を占めるFC加盟店のうち63店舗が、商品の仕入れで「自由な意思に基づく発注」を妨げられているとして、独占禁止法企業同士の不当な競争制限やカルテル、行き過ぎた企業結合を規制する法律。の禁じる「優越的地位の濫用」にあたると公正取引委員会に告発しました。急成長の足元で、加盟店との関係にきしみが生じていたことを示す出来事です。

「ワーク強靭化計画」——45歳を意識した原点回帰

一般客向けの開拓が進む間に、本業である職人向けの取り組みが手薄になっていました。土屋哲雄専務は「作業客で、もう一回やっていけるようにしないといけない」と危機感を語っています。

2023年秋冬商戦で掲げたのが「ワーク強靭化計画」でした。45歳という年齢を意識し、45歳以上のベテラン職人向けには安価でベーシックかつ機能的な商品を取りそろえる、原点回帰の一手です。

アウトドアギア、1年半での撤退

拡大戦略を率いた大内康二(のちの社長)は、すべてが成功だったわけではないと振り返っています。2022年に発売したキャンプ用品「アウトドアギア」は、売上高60億円まで伸ばしたものの、市場規模の限界を理由に1年半ほどで撤退しました。

派手な新業態展開の裏で、見切りをつける判断も同時に行われていたことがうかがえます。

転売問題と、創業以来最大の増産

高機能ウェア「XShelter」は、2024年のオンライン先行販売2万点が4日で完売しました。転売サイトでは2倍以上の価格で取引され、SNS上ではワークマンを「転売ヤーの鴨企業」と揶揄する声も出ています。リカバリーウェア「メディヒール」も、わずか20日で完売しました。

土屋哲雄専務は「このままでは企業として危うい」と述べ、2025年の秋冬商戦に向けて約465万点・133億円規模という創業以来最大の増産に踏み切りました。

過去最高益からの、社長交代

2026年3月期、ワークマンは売上高・営業利益・純利益のすべてで過去最高を更新しました。リカバリーウェアの急成長やPB比率の上昇が支えになっています。

この好業績のさなか、拡大戦略を主導してきた大内康二が新しく代表取締役社長に就任しました。カジュアル路線の踊り場を、原点回帰と増産で乗り切った先に迎えた交代です。