扇風機とエアコン「霧ヶ峰」で知られる三菱電機は、防衛・宇宙まで手がける総合電機グループだ。 神戸の小さな電機製作所から出発し、家電・重電・防衛宇宙へと事業を広げてきた。 この振れ幅の大きさこそが、三菱電機を読み解く鍵になっている。

01

創業から現在へ — ストーリー

1921
神戸造船所の電機製作所から、三菱電機が独立
三菱造船(現・三菱重工業)の神戸造船所にあった電機製作所が分離し、三菱電機として独立した。
1940
戦時下で広がった工場網
1940年代にかけて、大阪(現・伊丹製作所)、福山、中津川、郡山、和歌山、姫路と、次々に工場を新設した。戦時経済の需要が、若い会社の生産体制を数年で押し広げた形だ。
1949
東証上場と事業本部制、総合電機への道
東京証券取引所に株式を上場し、民需中心の事業へと再編を進めた。半導体・無線機器の工場を新設するなど、重電・家電・エレクトロニクスを併せ持つ会社へと育っていった。
2002
「選択と集中」、汎用DRAMからの撤退
三菱電機は汎用DRAM事業からの撤退を決め、半導体事業の構成を大きく見直した。
2003
委員会等設置会社への移行とTMEIC設立
三菱電機は委員会等設置会社(現・指名委員会等設置会社)に移行し、企業統治の体制を見直した。同じ年、東芝との合弁でTMEIC(東芝三菱電機産業システム)を設立している。
2021
相次ぐ検査不正の発覚、社長の辞任
長崎製作所の鉄道車両用空調機器では30年以上にわたる検査データの改ざんが明らかになり、杉山武史社長が引責辞任している。同じ年、品質改革推進本部を新設した。
2022
事業領域の再編と、防衛・宇宙への注力
三菱電機は2022年に4つのビジネスエリア(BA)体制へ移行し、ビルシステム事業を分社化した。2024年には自動車機器事業も分社化し、三菱電機モビリティを設立している。次期戦闘機「GCAP」にも参画するなど、防衛・宇宙分野に力を入れている。
TEN YEARS

10年で、売上は約1.4倍

8兆円
4兆円
2016 · · · · · · · · 2025
売上 純利益(会社に残った利益)
売上
10年前
42,387億円
現在
58,947億円
約1.4倍に増加
純利益
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
10年前
2,105億円
現在
4,078億円
売上100円につき約7円
従業員
10年前
138,700
現在
150,386
約1.1倍に増加
02

事業の構造 — 何で稼いでいるか

柱 01
社会インフラ・電力システム事業
社会システム事業や電力システム事業など、社会の基盤を支えるインフラ機器を手がける事業です。目立ちにくいものの、暮らしや産業活動を裏側から支えています。
柱 02
防衛・宇宙システム事業
レーダーや電子戦システムから人工衛星まで手がける事業です。2025年には次期戦闘機の国際共同開発にも参画し、グループ内での存在感を増しています。
柱 03
ものづくり自動化(FA)・モビリティ事業
工場の生産ラインを自動化するFAシステムや産業用ロボット「MELFA」を手がける事業です。
柱 04
ビル・空調家電(暮らし)事業
エレベーター・エスカレーターと家庭用エアコン「霧ヶ峰」を手がける事業です。
柱 05
デジタルイノベーション・半導体事業
ITインフラやセキュリティソリューションなどのデジタル事業と、パワー半導体・高周波デバイス・光デバイスなどのデバイス事業を手がけています。祖業の重電・家電とは異なる成長領域として位置づけられています。
03

投資指標

株価
——
東証プライム
前日比
——
——
配当利回り
——
年間予想
PER
——
株価収益率
PBR
——
株価純資産倍率
時価総額
——
円換算
52週高値
——
過去1年
52週安値
——
過去1年

取得中…

投資家の博士

投資家目線のワンポイント

三菱電機は防衛・宇宙からエレベーター、空調家電まで事業領域が非常に幅広い会社です。特定の事業だけを見て会社全体を判断すると、実態とずれます。決算資料は事業セグメントごとに数字が分かれています。

この会社には品質不正が繰り返し発覚した経緯があります。新しい取り組みのニュースに接したときは、再発防止の仕組みが実際にどう機能しているかを合わせて見る視点も役立ちそうです。

「電機製作所」——神戸造船所からの独立、扇風機からの出発

1921年、三菱電機は三菱造船(現・三菱重工業)の神戸造船所にあった電機製作所が分離独立する形で生まれました。

神戸製作所ではまず変圧器や電動機を手がけ、扇風機の製造もこの時期から始まりました。いまでは防衛や宇宙まで手がける総合電機グループの出発点は、意外にも家庭用の小さな電気製品だったのです。

長崎・名古屋への拡張と、戦時下の工場網

独立した三菱電機は、1923年に長崎工場を新設してタービン発電機など重電機器の生産に乗り出しました。翌年には名古屋製作所を新設し、汎用の電動機に加えて家庭用電気機器の分野にも進出しています。

1940年には大阪工場(現・伊丹製作所)を新設し、神戸製作所が担っていた無線機・精機部門をここへ移しました。戦時経済の需要が、創業の地・神戸から工場網を全国へ押し広げていったのです。

東証上場、そして総合電機への足場固め

1949年、三菱電機は東京証券取引所に株式を上場し、民需中心の事業へと組み替えを進めていきました。1959年には半導体量産専門の北伊丹工場、1960年には無線・電子機器の鎌倉製作所を新設し、事業の幅を広げています。

1977年には事業本部制を導入しました。重電・電子・機器・商品という区分けは、手がける製品があまりに多岐にわたる総合電機メーカーならではの組織づくりだったといえそうです。

汎用DRAMからの撤退——「選択と集中」の始まり

三菱電機は汎用DRAM事業からの撤退を決めました。DRAM事業はのちにエルピーダメモリへ譲渡されています。

TMEICとデルクリマ——重電とグローバル化の両輪

2003年、三菱電機は東芝との合弁で産業システム会社TMEIC(東芝三菱電機産業システム)を設立しました。同じ年、企業統治の体制を委員会等設置会社(現・指名委員会等設置会社)に移行しています。

2010年代にはインド・ベトナム・ブラジルなど新興国に相次いで販売拠点を設け、2016年にはイタリアの業務用空調企業デルクリマを完全子会社化ある会社の株式を100%取得し、経営の意思決定権を完全に握ること。しました。国内で培った重電・空調の技術を、海外市場に広げていく時期でした。

「30年以上」——長崎製作所の検査不正

2021年、長崎製作所が製造する鉄道車両用の空調機器で、不適切な検査が行われていたことが判明しました。調べを進めると、1980年代から30年以上にわたって検査データが改ざんされていたことが分かりました。専用のソフトウェアで検査データを自動生成する仕組みまで作られていたと報じられています。

2021年、杉山武史社長は「組織的な不正行為」だったと認めて引責辞任し、会社は品質改革推進本部を新設しています。

新入社員を追い詰めたパワーハラスメント

2019年、生産技術センターに配属された20代の新入社員が、上司からのパワーハラスメントを受けて精神疾患を発症し、自殺しました。遺族は労災を申請しました。

2022年、三菱電機は当時の教育主任の発言が自殺の原因だったと認めて謝罪し、遺族と裁判外で和解しました。現場の指導のあり方が厳しく問われた出来事でした。

人工衛星から次期戦闘機まで——広がる防衛・宇宙事業

三菱電機は宇宙事業にも携わり、通信・放送・測位・地球観測など様々な人工衛星を手がけてきました。

防衛分野では、レーダーや電子戦システムなどを約半世紀にわたり手がけてきました。2025年には次期戦闘機の国際共同開発「GCAP」において、英国・イタリアの企業とともにミッションアビオニクスを担うコンソーシアムを組成しています。この分野への注力はいっそう強まっています。

エレベーターから空調家電まで——暮らしを支える事業

三菱電機はエレベーター・エスカレーターで国内有数のシェアを持つと伝えられています。家庭用エアコン「霧ヶ峰」は1994年、アメリカ環境保護庁から「オゾン層保護賞」を受賞しました。

産業用ロボット「MELFA」など、工場の自動化を支える機器も手がけています。防衛・宇宙という尖った事業と、エレベーターや家電という身近な事業を併せ持つのが、この会社の構造の面白いところです。