水戸藩主が築いた造船所が、始まりだった。 日本初のジェットエンジンを生んだ技術は、いまも空を飛ぶエンジンの心臓部に息づいている。
創業から現在へ — ストーリー
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投資家目線のポイント
IHIの航空エンジン事業は、海外メーカーの部品トラブルの影響を受けやすい構造があります。PW1100G-JMのように一件で1583億円の特別損失が出ることもあるため、決算発表で航空機部門の説明が「一過性」かどうかを確認する視点が参考になりそうです。
検査不正やデータ改ざん、虚偽報告が、2019年・2024年・2026年と複数回公表されています。品質管理のニュースに接した際は、一度きりの案件か、繰り返し起きている構造的な課題かを見比べる視点が参考になりそうです。
水戸藩主が築いた造船所、日本の近代造船業発祥の地
1853年、水戸藩主だった徳川斉昭が、隅田川河口の石川島に造船所を築きました。IHIの公式資料館は、この地を日本における近代造船業発祥の地と説明しています。
佃工場として使われ続けたこの土地は、1979年まで操業を続けました。跡地はのちに東京都の再開発プロジェクト「リバーシティ21」として生まれ変わっています。
「土光タービン」——猛烈な合理化と、社員を切らない再建
1920年に石川島重工業へ入社した土光敏夫は、1922年にスイスへ留学してタービン製造技術を学びました。1946年、石川島芝浦タービンの社長に就任すると、その猛烈な働きぶりから「土光タービン」と呼ばれています。
1950年に本社の社長へ復帰した土光は、徹底した合理化で経営再建を進めました。同時に社員を一人も解雇せず、中枢部の給与を減らして若手を守ったと伝えられています。質素な生活から「メザシの土光さん」として親しまれ、1960年の播磨造船所との合併時には、派閥的思惑を封じる大胆な人事配置を行ったという逸話が知られています。
「ネ20」——橘花に積まれた日本初のジェットエンジン
1944年、海軍航空技術廠と石川島重工業は、高速で高高度を飛んで敵の迎撃をかわす攻撃機「橘花」向けに、ジェットエンジンの開発を始めました。コバルトやニッケルといった希少金属の使用が制限されるなか、耐熱素材にはステンレス鋼を代用しています。
1945年、完成したエンジン「ネ20」を積んだ橘花は、高度600メートルで12分間の初飛行に成功しました。終戦間際までに、ネ20は12基が試作され、約50基が量産されたと伝えられています。この経験は、戦後初の国産ジェットエンジン「J3」の開発にも生かされたとされています。
立川飛行機といすゞ自動車を送り出した分社の歴史
1924年に設立した石川島飛行機製作所を通じて、この会社は早くから航空機事業を手がけていました。ですが1929年、事業を整理するため、航空機部門を立川飛行機として分離しています。
同じ年、自動車部門も分離され、いすゞ自動車株式会社の源流になりました。いまも知られる二つの会社が、もとは同じ造船会社の一部門だったことは、あまり知られていません。
検査不正1万4千件、繰り返された品質のほころび
2019年、航空機エンジンの整備・部品をめぐる検査不正が発覚し、国土交通省から業務改善命令を受けました。不正の件数は約1万4千件に及んでいます。
原因として、社内資格を持たない従業員が確認印を押す工程が常態化していたこと、検査員の増員が追いつかず納期が優先されていたことが指摘されました。2004年にもデータ改ざんで勧告を受けており、ガバナンスの課題は一度きりではありませんでした。IHIは不正が確認された部品の自主回収を命じられています。
「PW1100G-JM」——エンジン部品トラブルで1570億円の赤字
米プラット・アンド・ホイットニー製のエンジン「PW1100G-JM」に使われる粉末冶金部品に、2015年から2021年にかけて異物が混入していたことが判明しました。IHIはこのエンジンの部品を分担生産しており、上期に1570億円の営業赤字、1583億円の特別損失を計上しています。
業界全体の対応費用は約1兆円とされ、IHIの負担はシェア15%相当です。当時のCEOは一過性の事案であり追加計上はないと説明していました。その後の決算では民間航空エンジン部品事業が伸び、2026年3月期には受注高が過去最高となるなど、回復の兆しが表れています。
船舶用エンジンのデータ改ざん、数十年続いた不正の内側
子会社IHI原動機では、2003年以降に出荷した船舶用エンジンについて、燃料消費率や窒素酸化物(NOx)のデータが数十年にわたって改ざんされていたことが、2024年に発覚しました。きっかけは、2019年の検査不正を受けて導入した従業員との対話活動でした。
特別調査委員会の報告によれば、製造組立と検査部門の独立性不足や、品質チェックが不十分な統制環境、経営への報告に抵抗感を持つ組織風土などが背景にあったとされています。
「作業未了」を「完了」と——JAXA案件で発覚した虚偽報告
子会社IHIエアロスペースは、ロケットや衛星部品の製造に使う専用治工具の保全業務について、完了していない作業を完了したと報告し、不当に費用を請求していました。2025年末の報告をきっかけに調査が始まり、2016年度以降の10年分、438契約が対象となっています。
調査の結果、14契約で同様の問題が確認されました。2026年、JAXAはIHIエアロスペースに対し、5カ月間の競争参加資格停止処分を実施しています。JAXAは、この問題によるロケットの品質への影響はないとしています。
「ネ20」から80年、次世代戦闘機エンジンの主要メンバーへ
検査不正や虚偽報告が相次いだ一方、IHIの航空エンジン技術は国際プロジェクトの中核を担うまでに育っています。日本・英国・イタリアが共同開発する次期戦闘機プログラム「GCAP」では、IHIが英ロールス・ロイス、伊アビオ・アエロとエンジンのコンソーシアムを組み、実証機エンジンの開発を主導しています。2025年には機体側の開発企業とも協力協定を結び、初飛行に向けた体制づくりが進みました。
民間航空機の分野でも、部品トラブルで落ち込んだ業績は回復に転じ、2026年3月期には受注高が過去最高の1兆8500億円に達しています。戦後まもなく国産初のジェットエンジン「ネ20」を生んだ技術者魂は、防衛費増額という追い風のなかで、いまも次世代のエンジン開発に受け継がれています。
