スマートフォンの画面を開けば、一日に何度も指が触れるアプリがある。青い四角のロゴや、四角が並んだカメラのアイコン――その奥には、19歳で大学の寮の一室からサービスを立ち上げた一人の若者がいた。 マーク・ザッカーバーグは、Facebook、そしてInstagramやWhatsAppを傘下に置くメタという会社を率いる経営者である。 彼が重ねてきたのは、何十億人もが無料で使うサービスを広告で支える仕組みづくりと、まだ小さいうちに競合になりそうな会社を買い切るという判断の連続だった。 その判断は、時に厳しい批判も招いてきた。

この記事でわかること
  1. 大学の寮の一室で生まれたサイトが、世界最大級のSNSに育つまでの道のり
  2. Instagram・WhatsAppという「まだ小さいうちに」買収する判断が、なぜ繰り返されたか
  3. 個人情報を巡る大規模な批判と、その後のメタバースという巨額の賭け
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寮の一室から始まった格付けサイト

ハーバード大学の学生寮、カークランド・ハウスの一室で、深夜のうちにサイトを一つ仕上げてしまう学生がいた。2003年秋のある夜、当時2年生だったザッカーバーグは、学内各寮のオンライン名簿から学生の写真を無断で集め、2枚の顔写真のどちらが魅力的かを投票させるサイト「Facemash」を一晩でつくり上げた。日曜の夜までに訪問者は450人、投票数は2万2000回を超えていた。

大学のコンピューターサービス部門は、寮のID写真データベースから無許可で画像を集めた行為を規則違反と判断した。呼び出しを受けたザッカーバーグは、この件について、自分はプログラマーであり、根っこにあるアルゴリズムや数学のほうに関心が向いていた、という趣旨のことを語っている。謝罪のメールでは、自分の意図が誤った形で受け取られかねないことは理解していると書き残した。

このわずか数か月後の2004年2月、ザッカーバーグは同じ寮の一室から新しいサイト「TheFacebook」を立ち上げる。当初はハーバードの学生専用だったが、他の大学に通う学生たちからも、うちの学校でも使わせてほしいという声が次々に寄せられた。学期の合間の休みを使ってプログラムを書き進め、夏になる頃には拠点をカリフォルニアへ移してサービスを育てる決断をしている。

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「まず動け、壊れてもいい」

「Move fast and break things(まず動け、壊れてもいい)」。2012年、株式上場を控えて投資家に宛てた手紙のなかで、ザッカーバーグは会社のやり方をこの言葉で説明している。何も壊れていないなら、それは十分な速さで動けていない証拠だという考え方だった。

さかのぼって2004年、大学の枠を超えて人とのつながりが広がるなか、リード・ホフマンというLinkedInの創業者が仲を取り持ち、ザッカーバーグは投資家ピーター・ティールと知り合うことになる。同じ年の夏、ティールは50万ドルを貸し付ける形でお金を用意し、年末までに利用者数が150万人へ届けば、その資金を10.2%分の株式へと切り替えるという取り決めを交わした。実際には目標の人数には達しなかったものの、ティールはそのまま株式化を受け入れている。この出資の条件について、後年ザッカーバーグは、細部の大半をショーンとピーターの二人で詰めていたという趣旨のことを振り返っている。

2006年、ニュースフィード機能を追加すると、事態は一変した。友人の近況を自動的に一覧表示するこの機能に対し、学生たちは即座に反対の意思を示す集まりを立ち上げ、当日のうちに参加者は74万人を超えた。四六時中誰かに見張られているような気がする、という不満の声があちこちから上がるなか、ザッカーバーグは落ち着いてほしいと呼びかける短い文章を公開し、プライバシーの設定そのものはいじっていないと説明した。

03

少数株で会社を握り続ける仕組み

上場に向けて株式を積み増すたびに、手放す株は増えても、握る力だけは弱めない仕組みが敷かれていた。Facebookの株式は2種類に分かれ、一般に流通するクラスA株式が1株につき1議決権であるのに対し、ザッカーバーグらが持つクラスB株式は1株で10議決権を持つ。この設計により、経済的な持ち分が薄まっても議決権の支配は保たれる。2016年の時点でザッカーバーグが握る議決権はおよそ60.1%にのぼっていた。

2012年5月、Facebookはついに株式を上場させた。1株あたりの値付けは34ドルから38ドルの間で調整され、その上限で計算すると企業の価値はおよそ1000億ドル規模になるという見立てだった。発行済みの株式数は4億2100万株にのぼる。ところが上場した翌日の取引で株価は早くも34.03ドルまで下げ、公開価格を1割ほど下回った。それでも、議決権の過半を握るザッカーバーグの経営体制が揺らぐことはなかった。

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10億ドルで買った13人の会社

13人分の名刺と引き換えに、10億ドルの小切手が用意されていた。2012年4月、上場を目前に控えたタイミングで、Facebookは写真共有アプリのInstagramを買収すると発表した。当時のInstagramは従業員わずか13人、利用者は3000万人規模のスタートアップで、買収総額は現金と株式を合わせておよそ10億ドルにのぼった。ザッカーバーグは「Instagramを独立した形で運営し、成長させ続けることにコミットする」という趣旨のコメントを発表に添えている。

買収の2か月前、ザッカーバーグは最高財務責任者とのやり取りのなかで、Instagramのような新興サービスの扱いについて考えを交わしていた。こうした買収にありがちな理由として、最高財務責任者は競合をつぶすこと・人材を得ること・機能を取り込むことの3つを提示した。これに対しザッカーバーグの返答は、競合をつぶす狙いと機能を取り込む狙いの2つに近い内容だったとされる。このやり取りは2020年、米議会の反トラスト公聴会で開示された社内メールによって明るみに出た。それから45分ほどのち、ザッカーバーグは同じ相手にあらためて連絡し、ライバルの動きを封じる意図でそう書いたわけではない、と釈明を加えている。

Instagramはその後も独立したアプリとして運用が続けられ、13人だけで始まったサービスとは比べものにならない規模へと育っていくことになる。

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190億ドルの賭け

テーブルに積まれたチップは190億ドル分――それが、あるメッセージアプリに賭けられた金額だった。2014年2月、Facebookはメッセージアプリ大手WhatsAppを買収すると発表した。内訳は現金40億ドル、株式約120億ドルに加え、従業員向けの制限付き株式ユニット約30億ドル分が上乗せされ、合計でおよそ190億ドルにのぼる。発表の時点で、WhatsAppを毎月使う人は4億5000万人を上回っており、そのうちおよそ7割が毎日開く計算だった。

共同創業者のヤン・コウムには、10代でウクライナから母とともにカリフォルニアへ渡り、行政の支援を受けながら手狭な住まいで暮らしていたという生い立ちがある。買収契約に署名する場所として、コウムと共同創業者ブライアン・アクトン、投資家のジム・ゲーツの3人が選んだのは、コウムが若い頃に食料の配給を受け取るため列に並んでいた、マウンテンビューの古びた福祉事務所の建物だった。

もっとも、この関係は長くは続かなかった。アクトンは2017年、未確定だった株式を放棄する形で会社を去り、その損失額はおよそ8億5000万ドルにのぼるとされる。翌2018年にはコウムも退社した。2018年のインタビューでアクトンは当時を振り返り、目先の対価と引き換えに利用者のプライバシーを手放す判断をしてしまった、という趣旨の悔いを口にしている。その重みは消えずに残り続けている、という趣旨のことも付け加えたとされる。

06

無料の代償

利用料の請求書は、一度も送られてこない。Facebookは創業から一貫して、利用者から直接お金を取らない仕組みを貫いてきた。その代わりに会社を支えているのが広告収入であり、2019年時点の試算によれば、673億ドルという予想売上高のうち実に665億ドル、割合にすると99%を広告が占めていたとされる。この広告は、Facebook本体の中だけでなく、Instagramやメッセンジャー、さらには提携している外部サイト・アプリの画面にまで及ぶ形で展開されている。

この仕組みの土台にあるのは、利用者がサービス上に残す行動の記録である。誰とつながり、何に反応し、何に関心を示すか。そうしたデータをもとに、広告主は狙った層にだけ広告を届けられるようになる。無料であることの裏側に何があるのか――その問いは、この会社が長く抱え続けてきた宿題でもある。

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8700万人分のデータ

8700万人分の個人情報が、本人の知らないところで動いていた。2018年、Facebookは創業以来最大級の逆風にさらされる。英国の選挙コンサルティング企業ケンブリッジ・アナリティカが、最大8700万人分の利用者データを不正に取得していたことが明らかになったのだ。ロシアが絡む情報工作に関しては、最大で1億4600万人ほどが何らかの影響を受けていた恐れがあると伝えられている。

同年4月、ザッカーバーグはアメリカ議会上院の合同委員会に呼ばれ、証言に立った。冒頭で、会社が背負うべき責任の範囲を狭く見積もっていたことを認め、非は自分にあり深く反省しているという趣旨の言葉を口にしたという。創業者として、そしてトップとして、社内で起きたことの最終的な責任は自分にあるという姿勢もあわせて示したとされる。

株価は騒動の直後こそ下落したものの、広告事業そのものが揺らぐことはなかった。8700万人分のデータを巡る問いは、その後も長くこの会社に付きまとうことになる。

08

社名を捨てて選んだ賭け

使い慣れた社名の看板が、ある夜のうちに下ろされた。2021年10月、年次カンファレンスの壇上でザッカーバーグは、Facebook・Instagram・WhatsAppを束ねる持株会社他の会社の株式を保有し、グループ全体の経営管理を担う会社。自らは事業を行わないことが多い。の名前を「Meta」に改めると発表した。狙いは「メタバースを現実のものにし、人々のつながりやコミュニティ、ビジネスの成長を支える」ことに焦点を当てるためだと説明された。決算の開示区分もこのタイミングで刷新され、アプリ事業をまとめる「Family of Apps」と、研究開発部門である「Reality Labs」という、性格の異なる2本立てで数字を示す形に切り替わった。

この賭けの重さは、通期の決算にも表れていた。社名変更を挟む2021年の1年間を通じて、Reality Labs部門の営業損失は101億ドルにのぼり、前年から50%増加していたのである。この数字が発表された2022年2月、Meta株は時間外取引で20%以上下落した。同じ時期、アップルが導入したプライバシー保護の新機能によって広告のターゲティング精度が落ち、その影響額は年間100億ドル超、Facebookの年間売上のおよそ8%に相当するとも見積もられていた。

翌2022年11月、ザッカーバーグは全社員に向けたメッセージで、全体の1割強にあたる1万1000人超の人員削減に踏み切ると発表した。この判断そのものが誤りであり、その責任は自分にあるという趣旨のことを本人は書いている。2023年2月の決算発表では、その1年を通じた経営テーマとして「効率化の年」を掲げた(原語はYear of Efficiency)。「これで区切りをつけるのではなく、むしろここからが本当の勝負だ」という趣旨のことを語った。この方針表明を受けて、Meta株は時間外取引で約20%上昇している。

看板を掛け替えてから数年、ゴーグルの向こうに広がる景色が何を生み出すのかは、まだ誰にも分かっていない。

この記事の3行まとめ

  1. まだ小さいうちに競合になりそうな会社を取り込むという判断が、Instagram・WhatsAppの買収を通じて繰り返されてきた
  2. 広告で稼ぐ無料のサービスは大きな成長を生んだが、データの扱いを巡る批判とも常に隣り合わせだった
  3. 議決権を集中させる株式構造が、逆風の局面でも経営体制を揺るがせない土台になっている
トレ助

【トレ助のコメント】

190億ドル。WhatsAppを買った金額の内訳は、現金40億ドル・株式120億ドル・従業員向けの株式30億ドル分だったんだ。共同創業者のヤン・コウムは、契約書にサインする場所に、かつて食料配給券をもらうために並んだ旧福祉事務所をわざわざ選んだ。大金を手にする瞬間に、自分の出発点へ戻ったってことだね。