2008年のクリスマス前の日曜日。ロケットは3回続けて落ち、電気自動車の会社は口座の底が見えていた。手元の金は、どちらか一方しか救えない額だった。 それでもマスクは、限られた資金を両方に配り続けた。 南アフリカの内向的な少年は、テスラとスペースXという2つの会社を、同時に破産寸前から救い出した経営者になった。 火星移住とエネルギー転換という一本の糸が、自動車・宇宙・SNSという畑違いの事業をつないでいる。

この記事でわかること
  1. ロケットが1年に3回失敗し、電気自動車の会社も資金が尽きかけていた年に、何が起きたか
  2. 南アフリカで本ばかり読んでいた少年が、シリコンバレーで2度の巨額売却を経験するまでの道のり
  3. 6兆円を投じてSNSを買収した経営者が、そこで実現しようとしたこと
01

本ばかり読む少年逸話

1971年、マスクは南アフリカのプレトリアで生まれた。パーティーの音が家の中に響いているときも、書斎にこもって本を読んでいた。体は小さく、周りに馴染むのが得意な子どもではなかった。

読書量は際立っていた。弟のキンバルは、1日10時間、本にかじりついていることも珍しくなかったと語っている。SF小説では『ファウンデーション』(アイザック・アシモフ)や『デューン』(フランク・ハーバート)を好み、関心は歴史や経済学の分野にも広がっていった。「本のなかのヒーローは、いつだって世界を救う義務を感じている」。後年、マスクはそう振り返っている。

この読書家ぶりは、学校では歓迎されなかった。階段の上で、背中を押された。転げ落ちた先で殴られ、顔が血だらけになるまで殴られ続けた。病院に運ばれ、手術を受けた。退院まで2週間かかったと、父エロールはのちに証言している。同じことが、3年か4年続いた。

一方でマスクは、独学でプログラミングも覚えていた。最初に作ったゲーム「Blastar」は約500ドルで売れている。読書と孤独、そして機械への没頭。この3つの組み合わせは、この後の人生でも繰り返し姿を現すことになる。

02

YMCAのシャワーから始まった

シャワーは、近くのYMCAで浴びた。たまにファストフードを奮発するのが、贅沢だった。最初の会社Zip2を立ち上げた頃の暮らしを、マスクはそう振り返っている。事業は新聞社のコンテンツをオンラインで扱うソフトウェアで、元手は360万ドルのベンチャー資金だった。1999年にコンパックがZip2を買収した金額は3億700万ドルで、7%株主だったマスクの取り分は2200万ドルにのぼった。

次に手がけたX.comは、投資信託や銀行、住宅ローンまで扱う「インターネット金融百貨店」という壮大な構想だった。構想自体は不発に終わったが、メールひとつで口座間送金ができる機能だけが生き残る。同様の決済技術を持つConfinityと合併し、統合されたサービスはeBayのオークション利用者の間で広がっていった。この会社が、のちのPayPalである。

PayPalは2002年、市況が悪化するなかで株式上場を果たし、初日の株価は55%上昇した。その8カ月後、eBayが80%のプレミアムを乗せて買収を決める。マスクは650万株を保有する筆頭株主で、受け取ったeBay株の価値はおよそ2億2000万ドルに達した。この資金が、次の賭けの元手になる。

03

火星に行くために、ロケットをつくる

打ち上げコストの高さに不満を持ったマスクは2002年、2000万〜4000万ドルを元手にSpace Exploration Technologies、通称SpaceXを立ち上げた。目指したのは小型衛星の打ち上げを1回600万ドル前後で引き受けることで、競合オービタル・サイエンシズのペガサスロケットが2000万ドルだったのと比べ、大幅に安い値付けだった。

もっとも、マスクが見据える先はビジネスの外にあった。「恐竜を絶滅させたような大災害や世界核戦争のリスク」は常にある、とマスクは語る。人類が生き延びるための保険として、火星を人が住める星に作り替えるテラフォーミング構想を掲げている。非営利団体マーズ・ソサエティの活動に加わり、ユタ州にある火星の環境を再現した実験施設への出資も行った。マスク曰く、地球以外に「第二の自立した文明」を築けるのは火星をおいて他にはなく、そこは「本当に実現可能な唯一の場所」だという。

SpaceXとテスラ、畑違いに見える2つの賭けに、マスクはPayPalで得た資金の大半を注ぎ込んでいくことになる。マスクは2008年、テスラのCEOに就任した。

04

破産寸前——ロケットは3回続けて落ちた

2008年、マスクは自分の資産のほぼすべてを失いかけていた。PayPalで得た1億8000万ドルのほぼ全額と、他の投資家から集めた資金を、SpaceXとテスラという2つの若い会社に注ぎ込んでいたからだ。両社とも多額の負債を抱え、破綻寸前の状態にあった。

SpaceXが開発した小型ロケット「ファルコン1」は、それまでに3回連続で打ち上げに失敗していた。「3回までは、まだいい。でも4回目に失敗したら、本当にもう終わりだ」。マスクはそう語った。クリスマス前の日曜日、自分が神経衰弱になるとは思ってもみなかったと、後に振り返った。

だが、4回目の挑戦でついに打ち上げは成功を収めた。ロケットとカプセルの両方を打ち上げて回収するという偉業を成し遂げたのは、国家も含めて史上SpaceXが4番目だった。この直後にNASAは16億ドル規模の契約発注をSpaceXに決定した。マスクはこのとき「愛してるよ、みんな」と思わず口にしたと振り返っている。ほぼ同じ頃、テスラの資金調達も土壇場で成立した。同じ危機の渦中で、2つの会社が同時に生き残ったことになる。

マスクは「会社は子どもと同じような存在だ」と語っている。どちらか一方だけを見捨てることはできない、というのが資金配分を続けた理由だった。

この契約はその後、宇宙開発の姿そのものを変えていく。2012年、SpaceXはISSへの実証ミッションを通じてNASAとの共同開発を完了させた。この成果により、スペースシャトルの退役でいったん失われていたアメリカ発の物資輸送手段が復活した。この意義について当時のNASA長官チャールズ・ボールデンは、「ISS物資補給の外部委託を終わらせた」と述べている。

その延長線上に、2020年の有人宇宙飛行がある。ロバート・ベンケンとダグラス・ハーリーという2人のNASA宇宙飛行士が、SpaceXのクルードラゴンで軌道へ飛び立った。自国製のロケットで自国の地から宇宙飛行士を送り出すのは、2011年のスペースシャトル退役以来のことだった。この機体はその後まもなく、スペースシャトル以来はじめてNASAの有人飛行認証を受けた宇宙船になっている。

05

自動車から宇宙、そして脳へ

SpaceXが火星移住という一点を追いかける一方で、テスラが追いかけたのは電気とバッテリーだった。ガソリン車を電気自動車に置き換えることは、化石燃料に依存しないエネルギーへの転換の一部であり、マスクが繰り返し語ってきた目標のひとつでもある。

マスクが重視してきたのは、インターネット、クリーンエネルギー、宇宙開発という3つの技術領域である。いずれも、火星移住という大きな目標に結びついている。実際、マスクの事業は自動車と宇宙にとどまらない。トンネルを掘って交通を変えようとするボーリング・カンパニー、脳とコンピューターをつなごうとするニューラリンクへと広がっていった。畑違いに見える会社を次々に立ち上げながらも、根っこにある関心は一貫している。人類が生存できる範囲を広げることと、そのために必要な技術を既存の業界の外から作り直すことだ。

この規模の事業を同時に動かすには、支える人材も欠かせなかった。初期投資家のアントニオ・グラシアスは、テスラとSpaceXの両方に関わった。SpaceXの最高執行責任者グウィン・ショットウェルは、マスクの構想を実行可能な計画に落とし込む役割を担ってきた。AI・自動運転の開発を率いたアンドレ・カーパシーを、マスクは世界最高峰の技術者だと評している。

このやり方を支えているのが、マスクが各社に持ち込む独自の設計の進め方である。まず要求そのものを疑うことから始め、要求を出したのが誰であっても間違っている可能性があるという前提に立つ。次に不要な部品や工程を削り、削った量の一部を後で戻すことにならない限り、削り方が足りないという基準を置いている。簡素化はその次の段階で、優秀な技術者ほど本来存在すべきでないものを最適化してしまう、という警戒からあえて後回しにされている。高速化と自動化は、常に最後の2段階として位置づけられている。

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工場の床で眠る経営者

2017年から2018年にかけて、電気自動車「モデル3」の量産は壁にぶつかった。マスクは後年のメールで、自身が工場に寝泊まりしていた経験を語っている。「世界を変えるには、週40時間労働では足りない」。マスクは繰り返しこう述べ、持続的に80時間、時にはそれ以上に及ぶ労働を社員に求めてきた。

その代償は数字にも表れている。テスラの2017年度通期決算は過去最大となる赤字を計上し、その額は19億6140万ドル(当時のレートで約2150億円)にのぼった。量産目標だった週5000台には遠く及ばず、モデル3の納入はある四半期でわずか260台にとどまり、次の四半期も1500台にとどまった。目標の達成時期は、繰り返し延期された。ボトルネックは2つだった。電池パックと、車体の組み立て工程である。

この労働観は、社外からの批判も招いている。流出した社内メールによれば、遠隔勤務を望む社員には週40時間分はオフィスに出るよう求め、応じなければ会社を去るよう迫った。働き方の専門家であるフレックス・プラス・ストラテジー・グループの創業者は、この姿勢を現実に対して無神経だと批判している。INSEADの教授も、過労文化の象徴であり完全なコミットメントを求めるものだと評した。ある調査では、働く人の94%が勤務時間の自由を求めているという結果も出ている。

一方で、マスク自身も長時間労働の代償を認めている。2018年のインタビューでは、長時間労働について心配する友人が訪ねてくるほどの状態だったと認めた。2024年には、テスラは全世界の従業員の10%以上を対象とするレイオフに踏み切っている。急成長のなかで生じた役割の重複を整理し、次の成長段階に見合う体制にする必要があると、マスクは説明している。

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ツイッターを6兆円で買う

2022年、マスクはツイッターの買収額を440億ドル(当時のレートで約6兆4000億円)とする合意を交わした。合意から成立までの半年間は、マスク側が一度は契約破棄を通告し、ツイッター側が提訴するなど攻防が続いた。半年にわたる攻防は、迷走という言葉で語られることになった。最終的にマスクは、当初提示した価格のまま買収を完了させた。

マスクが繰り返し語った買収の目的は、ツイッターを「デジタルな広場」として機能させることだった。実際の広場に100万人を集めることは不可能だが、ツイッターならそれができるとし、これは民主主義にとって重要だと強調している。あわせて、法律が許す範囲であれば何を言ってもよいという環境を目指すとし、「言論の自由」と「喧伝の自由」は別のものだという考え方を示した。同時に、利用者が心地よく感じられる場にもしたいと述べている。

買収前のツイッターは2020年12月期に最終赤字へ転落しており、2021年12月期も2億2140万ドル規模の赤字を抱えていた。財務データを踏まえれば必要な変革だったとする分析がある一方、買収の進め方そのものは最後まで迷走していたと評されている。8000人いた社員は、1500人になった。

この記事の3行まとめ

  1. 複数の事業を同時に走らせる経営は、一つの失敗が他社の資金繰りまで直撃するリスクと表裏一体だった
  2. 2008年の危機を乗り切ったのは幸運だけでなく、限られた資金をどう配分するかという判断の積み重ねだった
  3. 極端な労働時間を求める経営スタイルは、量産の壁を突破する場面もあれば、組織の摩耗を招く場面もあった

ORCA Archiveは、数字と出来事については公的資料・報道で裏を取ったうえで記事にしています。ただし人物のエピソードや発言の一部には、本人・関係者の証言以外に確かめる手立てがないものが含まれます。そうした箇所には「逸話」の表示を付けています。投資判断にあたっては、必ず一次情報をご確認ください。

トレ助

【トレ助のコメント】

ファルコン1は3回続けて打ち上げに失敗していた。4回目に失敗していたら、スペースXは無くなっていたかもしれない。4回目が成功した直後、NASAが16億ドルの契約を決めた。ほぼ同じ頃、テスラの資金調達も土壇場で成立している。運が良かっただけじゃなく、限られた資金を両方に配り続けていたから、このチャンスをつかめたんだ。