国の工場に築かれた高炉は、わずか1年で火が消えた。 それでも日本の鉄鋼業はここから始まり、合併と解体を繰り返してきた。 アメリカの名門製鉄会社を傘下に置くまでになった。
創業から現在へ — ストーリー
10年で、売上は約2.2倍
(会社に残った利益。現金の増減とは異なります)
事業の構造 — 何で稼いでいるか
投資指標
取得中…
最初の高炉は一年で止まった——立て直した一人の技術者
官営八幡製鐵所は操業を始めましたが、最初の高炉は原料装入車の故障やガス爆発が相次ぎ、送風が何度も止まって、一年ほどで火を落としました。
呼び戻されたのは、官営八幡製鐵所の創立事業に関わった技術者・野呂景義でした。野呂は羽口の構造と、使うコークスの配合を見直します。再び火が入ると、以後は長く安定して出銑を続けました。
占領政策——ひとつにまとめた会社が、また分けられた
日本製鐵株式会社は、当時の鉄鋼各社をひとつにまとめた「国策会社」でした。政府が株式の過半を握り、鉄の増産を国が主導する仕組みの中心に置かれます。官営八幡製鐵所に、輪西製鐵、釜石鉱山、三菱製鐵、富士製鋼が合流した体制です。
終戦後、この一極集中が占領政策で問題視されます。会社は八幡製鐵と富士製鐵を中心に4社へ分けられ、それぞれが独立した大手として歩き出しました。ひとつにまとめた鉄鋼会社は、分割によって元より多い数へと戻されたのです。
独禁法の壁——国が「合併するな」と言った
八幡製鐵と富士製鐵は合併を発表しました。重複投資の解消と、ヨーロッパの鉄鋼再編に対抗できる国際競争力の確立が狙いでした。公正取引委員会は独占禁止法企業同士の不当な競争制限やカルテル、行き過ぎた企業結合を規制する法律。違反の疑いを指摘し、合併を認めない方針を示します。
争点になったのは、鋼矢板(工事現場の土留め板)・鉄道用軌条(線路のレール)・ブリキ(缶詰の缶)・鋳物用銑鉄(鋳物の材料)の分野でした。両社はこれらの分野で、日本鋼管・東洋鋼鈑・神戸製鋼所などに設備や事業を譲る排除計画を提出し、独占禁止法違反を解消します。こうして合併が認められ、新日本製鐵が発足しました。
「総合力世界No.1」——住友金属との合流で目指したもの
2012年、新日本製鐵は住友金属工業と合併し、新日鐵住金株式会社が発足しました。
発足にあたり両社は「本日、新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社は合併し、新日鐵住金株式会社が誕生しました」と発表し、鉄鋼事業のグローバル展開や技術先進性の発揮など4つの施策を通じて「総合力世界No.1の鉄鋼メーカー」を目指すと表明しました。
日本製鉄——半世紀ぶりに、消えた社名が戻ってきた
新日鐵住金は日新製鋼を子会社にし、のちに完全子会社としました。一連の再編を終えたところで、社名を「日本製鉄株式会社」に改めました。
「日本製鉄」は、5社統合で生まれた会社が解体されるまで名乗っていた社名でもあります。半世紀余りを経て、同じ名前がグループ再編の仕上げとともに戻ってきたのです。
呉製鉄所が消えた年——配当は80円から10円へ
高炉を止める判断そのものは、これが初めてではありませんでした。前の期は黒字だった日本製鉄が、一転して巨額の最終赤字に沈みます。米中貿易摩擦のあおりで鋼材の需要が細り、そこに原料価格と物流費の上昇が重なったのが原因です。
国内の生産能力を大きく落とす決断が下され、呉と和歌山、それぞれの高炉が止まりました。地域にとっては、長く街を支えてきた大きな職場がひとつ消えることでもあります。年間配当は80円から10円へ、大きく減らしています。
「黄金株」——バイデンが止め、トランプが動かした
国内の鉄鋼需要が細るなか、日本製鉄は成長する海外の需要地に活路を求めます。太平洋を越えて米国の名門USスチールを買収する計画は、しかし一度は葬られかけました。対米外国投資委員会の審査のさなか、バイデン大統領(当時)は、安全保障上の懸念を理由に取引の中止を命じたと報じられています。流れが変わったのは政権交代です。トランプ政権が対米外国投資委員会に審査をやり直させ、条件つきで買収を認めました。
買収総額は142億ドル。USスチールは米国政府と国家安全保障協定を結び、「黄金株通常の株式を上回る特別な議決権を持つ株式。特定の重要事項に拒否権を持たせる場合などに使われる。」を発行しています。この株式は独立取締役1人の選任権と、一定事項への同意権を政府に与えるとされています。
